痛みを知る

頭が傾く「斜頸」 失恋、嫌な上司が臨席でも発症 森本昌宏

 「ずっと頭が斜めに傾いたままで元に戻らないんです」として受診される患者さんがおられるが、この傾いたままの状態を「斜頸」と呼ぶ。斜頸は、新生児~成人まで幅広い年齢層でみられ、先天性の「筋性斜頸」や「骨性斜頸」、後天性の「痙性斜頸(けいせいしゃけい)」や「炎症性斜頸」、「習慣性斜頸」などに分けられる。筋性斜頸は新生児や乳児、炎症性斜頸は3~6歳くらいの子供でみられ頭~頸部の炎症が原因と考えられている。

 ペインクリニックで扱う頻度が高いのは痙性斜頸(「攣縮性斜頸」とも呼ぶ)であり、局所性ジストニア(不随意な筋肉の痙攣(けいれん)、収縮が特徴、他には「書痙」や「顔面痙攣」)の仲間である。1792年発行の医学雑誌に掲載されていることからも、人類は古くからこの病気に悩まされていたことは想像に難くない。明らかな原因を見いだせない「純粋性痙性斜頸」、脳炎後に起こりパーキンソン症状を伴う「併発性痙性斜頸」に分けられる。

 純粋性痙性斜頸は、心因性のもの、または大脳の姿勢、運動をつかさどっているプログラムの異常などがその原因と考えられる。自分の意思に反して頭が斜めに傾くだけではなく、回転していたり、後方に倒れていたりとさまざまな状態を呈し、片方の胸鎖乳突筋や周囲の筋肉が痙攣する。なお、他の不随意運動と同様に精神的な緊張、書字、会話などで悪化し、睡眠中は元に戻る。また、手を頬に当てると顔が正面を向くことが多い。

 30~40歳代の働き盛りの方、特にまじめで感情表現が苦手、依存欲求が強いタイプの方で多くみられる。事実、「職場で、すご~く嫌な上司が隣の机だったので、いつのまにか首が反対側を向いてしまって…」と分析される患者さんがおられた。

 この純粋性痙性斜頸に対しては、食中毒の原因となるボツリヌス菌が作りだすA型毒素を精製した製剤(ボトックス注射)の筋肉内注射が行われている。微量の毒素を緊張が強い筋肉内に注射することで、ピンポイントでの効果を表すのである。したがって、食中毒を発症することはありませんのでご心配にはおよびません。発症後1年以内であれば1~2回の注射で完治することも珍しくはない。私の施設では、これに加えて、副神経ブロックや大後頭神経ブロックなどの神経ブロック療法、鍼(はり)治療なども行っている。

 私が治療を担当した患者さんのなかで特に印象深かったのは26歳の女性、「失恋を契機として頭が斜めに傾いてしまったんです」として受診された。さまざまな治療法を試みたが頭の傾きは軽くならなかった。しかし、「お見合いをしたんです、それで結婚が決まりました!」として受診されたときには、顔が完全に正面を向いていた!のである。

森本昌宏(もりもと・まさひろ) 大阪なんばクリニック本部長。平成元年、大阪医科大学大学院修了。同大講師などを経て、22年から近畿大学医学部麻酔科教授。31年4月から現職。医学博士。日本ペインクリニック学会名誉会員。

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