18歳の地図

(2)若者の声 政治に届ける 主権者教育

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クラスメートたちの様子を横目でうかがいながら、40人の学生のほとんどが、そろそろと教室の右端へ移動していった。

大阪府豊中市にある大阪大のキャンパス。昨年10月に行われた「公民科教育法Ⅰ」の授業には、社会科や公民科の教員を目指す学生が参加していた。

高校時代に受けた社会科の授業が「暗記型」だったと思えば教室の右へ、自ら情報を集めて課題を考える「体験型」であれば左へ。主権者教育を研究する大学院教授の佐藤功(いさお)は、そんな指示を出した。

「体験型の授業が増えているが、社会科はまだまだ暗記だと考えられている。そうではいけない」

講義のテーマは「18歳が思わず選挙に行きたくなる授業」。数日後には衆院選の投開票日が迫っていた。選挙権年齢は平成28年に18歳以上となっており、衆院選が初めての選挙だという18歳の出席者も多かった。

文学部1年の河野歩実(18)もその1人。「すべてを自分だけで調べるのは難しい」と苦心しながらも、仲間と分担して各政党の候補者らに政策を取材し、リポートをまとめた。

佐藤は語る。「まじめな若者ほど『どう投票すればいいか分からない』と悩み、政治参加を恐れがちだ。それが面白いものだと伝えられれば、それだけで主権者教育となる」

昨年10月末の衆院選における18歳の投票率は50・36%。70代前半の73・27%には及ぶべくもない。

若年層の選挙離れは、高齢者向けの政策が重視される「シルバー民主主義」を誘発するとされるが、主権者教育はその歯止めとなり、政治に世代間の公正さを取り戻す契機になることも期待されている。

昨年の衆院選後、生徒に投票したかどうかの無記名アンケートをしたところ、投票率が「89%」を記録した学校がある。長野県松本市の県立松本工業高だ。

選挙権年齢が引き下げられた28年、市議会の「若者の声が聞きたい」という提案で主権者教育が本格化した。授業で活用するのは、自治体など公的な機関に対してさまざまな要望を出せる「請願権」だ。国民に認められた権利で、高校生も対象に含まれている。

地元鉄道の運賃補助、中心市街地の無料駐輪場の設置…。生徒たちは身近な題を市議会に請願してきた。

社会科を担当する有賀久雄(62)は「主権者教育は定着している」と胸を張る。一方で、教員に求められる政治的中立の立場が悩ましくもある。生徒から政治について尋ねられても私見を述べることには限界がある。「どこまでやっていいのか…」

真冬の教室がにわかに熱気に包まれていた。

昨年12月、東京都三鷹市の都立三鷹中等教育学校。中高6年間の一貫教育を行うこの学校で、高校1年に相当する4年生の生徒たちがグループに分かれて議論を交わしていた。テーマは〝適切な税控除とは〟。

「お米とか、食べ物の代金を控除するのはどう?」

「それって、消費税率を下げればいいんじゃない」

「じゃあ、ランドセルとか⁉ 高価だよね」

学級委員を務める松平一志(15)の6人組が提案したのは「1年生控除」。義務教育進学時に学用品の購入を支援しようというアイデアだ。「ランドセルだけじゃなく筆箱やノートも、って話になった。1人では思いつかないことも議論すれば磨きがかかる」

松平は目を輝かせた。

「18歳で成人するのが待ち遠しい」

同校が目指す「リーダーの育成」には、主権者教育は欠かすことができない。「文化科学Ⅱ」という教科に位置づけ、学期末にはリポートも課して5段階の成績評価も行っている。

授業を担う公民科教諭の戸田幸(たか)志(ゆき)(33)は「主権者教育にはゴールはない。答えもない。ただ、知識は前提でしかない」と言い切る。社会が加速度的に変化し、子供たちはいや応なく「成人」し、「大人」とみなされるようになる。

校長の藤野泰郎(61)は語る。「少しでも早く、しっかりした考え方を身につけさせ、責任を持てるようにする。それが社会の要請だろう。子供から大人へ。学校は懸け橋となる役割を果たさなければならない」 (敬称略)

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