現場は祈る-銃撃1年

①安倍氏に忍び寄る黒い塊 発砲の瞬間を目撃した会社経営者

街頭演説に臨む安倍元首相と、背後に立つ山上徹也被告(右から2人目)=令和4年7月8日、奈良市
街頭演説に臨む安倍元首相と、背後に立つ山上徹也被告(右から2人目)=令和4年7月8日、奈良市

安倍晋三元首相が凶弾に倒れ、命を失った事件から8日で1年になる。現場となった奈良市の近鉄大和西大寺駅前は今も元首相を悼み、目を閉じて手を合わせる人が後を絶たない。あの日、元首相が演説をするために登壇してから銃撃まではわずか2分あまりだった。あのとき、現場近くにいた人たちは、何を目撃し、今何を思うのだろうか。

《事件のあった令和4年7月8日、奈良市に住む会社経営者、市川真(まこと)さん(54)は、大和西大寺駅前の演説会場近くで妻と落ち合う予定だった》

当時の状況を振り返る市川真さん=奈良市
当時の状況を振り返る市川真さん=奈良市

安倍さんが参院選の応援演説で奈良県に来ることを知ったのは、直前のことでした。知人が交流サイト(SNS)に『安倍さんが来るらしい』と投稿しているのを目にしたんです。熱烈な支持者というわけではありませんでしたが、『いい機会だし、せっかくなら』と妻と話して見に行くことにしました。

駅前の演説会場近くでは、私の方が早く着いたので、近くの複合商業施設「サンワシティ西大寺」前の歩道の端に立っていました。安倍さんが到着して演説が始まろうとしているのになかなか来ない妻に「今どこ?」と電話していたときのことです。

安倍さんはマイクを持って演説を始めていました。ふと、私の5~6メートル先で演説会場に向かって、黒い塊を手にゆっくりと歩く男の姿が目に留まりました。

まわりには報道関係者がたくさん集まっていたこともあり、黒い塊は、テレビカメラのように見えました。男は、その黒い塊をマイクを持つ安倍さんに向けたんです。

「ボン!ボーン!」と2発の大きな音が響きました。「うわ、撃ちよった」と思わず叫びました。黒い塊は銃だったのです。男は駆け寄った警護員らに取り押さえられていました。

《犯行に及んだ男は山上徹也被告(42)。奈良県警に現行犯逮捕され、後に殺人罪などで起訴された》

とっさに安倍さんが立っていた方向を見ましたが、大勢の人が囲んでいて詳しい状況は分かりませんでした。自動体外式除細動器(AED)や医療関係者を求める叫び声が飛び交って、事態の深刻さを悟りました。

その後なんとか妻と合流して帰宅しましたが、しばらく男が発砲した瞬間の光景は頭から離れませんでした。ストレスを感じ、眠れない日も約1カ月間続きました。事件の詳細が報じられ、状況を知れば知るほど、あの現場に居合わせたことが怖くなり、しばらくは大和西大寺駅に近づけなかったほどです。

「あのとき、自分が何かできなかったのか」という後悔の念は残ります。

男の不審な様子を目撃したときに、大きな声を上げていたら、もしかしたら状況は変わっていたかもしれない-とも考えてしまうんです。

《事件からまもなく1年。大和西大寺駅前は奈良市の整備で大きく様変わりした》

それでも現場は時が止まっているように感じ、前を通ると当時の記憶がすぐによみがえります。自然と手を合わせ、一礼するようになりました。

今、懸念しているのは、事件による影響で政治家の街頭演説が縮小してしまうのではないかということです。街頭演説で政治家の生の声が聞けるというのは、有権者にとってかけがえのない機会。二度とこんなことが起きないように対策をとってほしいと思います。(聞き手 堀口明里)

銃撃された瞬間の安倍元首相の様子はどうだったのか。次回は元首相のすぐ近くにいた奈良県の天理市長が振り返ります。

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