<新お道具箱 万華鏡>太神楽の傘回し 竹の骨、布張りで「たわみ」
2021年7月30日 08時47分
「みなさまの益々のご繁盛を願って」
太神楽(だいかぐら)曲芸師の鏡味味千代(かがみみちよ)さんが傘の上に升を放り投げ、回し始めると升は鞠(まり)のようにくるくると走りだす。
寄席のステージ。客席のあちらこちらから、「おー」と感嘆の声がもれた。
拍手を送りながらも、つい目で追ってしまうのは、あの傘。普通の和傘に見えるが、きっと何か工夫があるはず。その秘密を知りたくて、舞台を降りたばかりの味千代さんに楽屋で話を聞いた。
「触ったり、開いたりしてみてくださいね」と、味千代さんは笑顔で傘を差し出してくれる。見比べてみようと私が持参した和傘と並べてみると、柄(え)がずいぶん太い。なるほど、回すのにちょうどよい太さだ。
ぱっと開いてみると、大きな特徴に気付く。紙ではなく、寒冷紗(かんれいしゃ)という透ける素材の布が貼られているのだ。勘だけで回しているのかと思ったが、ちゃんと下から位置を見て確認しながら回しているそうだ。
それから骨。曲芸の傘に限らないが、和傘の骨は竹でできている。開いた面を上から手で押さえてみると、適度なたわみがある。そのクッションがあるからこそ、モノも回せる。金属骨の洋傘では、こうはいかない。美しさと機能を兼ね備えた、すばらしい道具である。
さて、お次は回されるモノ。新人は、何からお稽古するんですか?
「まず、鞠。次に金輪、升、茶碗(ちゃわん)の順です」
鞠はゴルフボールを芯にして、手作りするそうだ。白が一般的だが味千代さんは、色の付いた糸で飾っている。
そして、金属製のドーナツみたいな道具を大切そうに取り出し、見せてくれた。亡くなった鏡味健二郎さんから受け継いだものだという。
地味な部品みたいだけど、何ですか、これ?
「駅路(えきろ)といって、これも回す道具のひとつです。鈴みたいな音がするんですよ。ゆっくり回しているうちは鳴るけど、速く回すと音が消える。そこで、わっと拍手が来るんです。でも、今は、やる人がいません」
振ってみると、「シャロロン」と素朴な音がする。聞き覚えがあるなと思ったら、歌舞伎でよく聴く音だ。歌舞伎の効果音である黒御簾(くろみす)音楽にも似たような楽器があって、街道の場面や馬が出る際に使われている。ちなみに、この駅路、茶道の蓋(ふた)置きとしても珍重されているそうだ。
「いつか駅路の芸を披露したい」と、味千代さん。
傘の上で、鈴の音色がぱっと消える瞬間を、私も見てみたい。(伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)
◆公演情報
<東京タワー笑楽座(しょうらくざ)> 太神楽、紙切(かみきり)、和妻(わづま)などの演芸を楽しめるショー。次の日程で鏡味味千代が出演予定。
八月二十一日午後二時、同二十八日午後五時半、東京都港区の東京タワーメインデッキ(地上百五十メートル)にて。メインデッキまでの展望料金で観覧可。
◆取材後記
和傘は、複雑な構造の工芸品で、制作工程数も非常に多い。岐阜が本場だが、近年は需要減少で、材料調達や制作技術の継承に苦労があるようだ。なかでも心配なのが、傘の骨を束ねるロクロという部品。これがあるから開け閉めできるのだが、作る職人は岐阜にただ1人で、修業中の若者も1人いる。気になって去年、現場を訪問したが、味千代さんも心配していて、ロクロ談義で盛り上がった。伝統の技が引き継がれることを切に願う。 (田村民子)
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