炎天下での重労働に馬も倒れた…観光客向け馬車は動物虐待?文化?ニューヨークで論争

2022年9月26日 12時00分
米ニューヨークのセントラルパーク周辺を走る観光客向けの馬車に対し、「動物虐待だ」として廃止を求める声が強まっている。きっかけは猛暑の8月、馬車を引く1頭の馬が倒れ込み、市民の同情が集まったこと。馬車の乗り手や組合は適正管理をアピールするが、市議会では馬車を電動の乗り物に置き換える法案も提出され、論争が続いている。(ニューヨーク・杉藤貴浩)

9日、米ニューヨークのセントラルパークで乗客を乗せて走り出す馬車。廃止派と存続派の論争が続いている=杉藤貴浩撮影

◆「ニューヨークの大切な風景。でも…」

 秋の観光シーズンがやってきたニューヨーク・セントラルパークに、馬のひづめが路面をたたく小気味よい音が響く。9月の平日の昼、市内随一の名所には家族連れやカップルを30分120ドル(約1万7000円)程度で乗せたカラフルな馬車が行き交っていた。
 こうした馬車は複数の事業者が運営し、行政の許可を得た乗り手がセントラルパーク周辺を中心に200〜300台を走らせる。公園のベンチでくつろいでいたベブ・アドラムさんは「ニューヨークの大切な風景の一つだと思う。でも今はちょっと複雑な気持ち。馬がかわいそうで…」と話す。
 アドラムさんが思い返したのは、8月上旬に馬車を引く「ライダー」という名の馬が、町なかで倒れ込んだ騒動だ。市民が取り囲む中、駆けつけた警官に水を浴びせられ、よろよろと立ち上がる姿は地元で大きく報道され、炎天下での重労働に批判が高まった。

馬車について「複雑な気持ち」と話すベブ・アドラムさん

◆「電動車に切り替えを」

 非営利の動物愛護団体「NYクラス」のエディタ・バークラント事務局長は「ライダーの転倒騒動は、馬車業界に長くはびこる虐待に光を当てた。19世紀の残酷な馬車を徐々に廃止し、21世紀らしい優雅な電動車に切り替えるべきだ」と主張する。実際、市議会では、こうした内容の法案がすでに提出済みだ。
 法案は馬車を禁止した後、代わりの電動車の営業許可を現在の乗り手へ優先的に与えるとしているが、慣れた仕事を失いかねない乗り手たちの不安は大きい。
 セントラルパークで愛馬ボビーとともに客待ちをしていたトルコ出身のアリさん(41)は「8月に倒れた馬は世話がよくなかったかもしれないが、ほとんどの乗り手は馬を大切に扱っている」と訴える。「お金だけの問題ではない。馬車はニューヨークの文化の一つであり、子どもたちにとって動物との貴重な触れ合いの機会だ」

8月、ニューヨークの町なかで倒れ込んだライダー。弱々しい姿に馬車廃止を求める声が強まった=NYクラス提供

◆乗り手からは反発

 馬車の乗り手らを含む交通系労組は、馬には適切な健康検査や休養を与えていると主張。「乗り手の多くは、アメリカンドリームを求めてやってきた移民たちだ。馬車によって子どもたちを育て、家賃を払っている」と強調する。倒れた馬のライダーは現在、郊外の牧場で静かに隠退生活を送っているという。
 米メディアなどによると、前市長のデブラシオ氏は馬車の廃止に前向きだったが、1月に就任したアダムズ市長は賛成していない。昨年の市長選で交通系労組の支持を受けた影響があるとみられる。
 定数51の市議会で、法案に名を連ねた議員は過半数に届かない14人。ただ、このうちほとんどが議会で多数を占める民主党議員で、今後賛同が広がる可能性もある。米国ではシカゴなどで馬車が禁止された一方、多くの都市では残っている。最大都市ニューヨークの論争の行方は、全米の馬車の行方に影響を与えそうだ。

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