三宅島に現れたザトウクジラ ドローンで「噴気」キャッチ! クジラの生態の謎に迫る

2023年4月30日 07時26分

水面から頭を見せるザトウクジラ=2022年12月、ドローンから撮影(写真はいずれも三宅島クジラ鼻水プロジェクト提供)

 ドローンで空からクジラに近づいて鼻から噴き出す「噴気」(息継ぎ)のしぶきをキャッチし、生態に迫る―。そんな新しい手法を用いた研究プロジェクトが、伊豆諸島・三宅島(東京都三宅村)で進んでいます。三宅島の周辺海域には5年ほど前から姿を現すようになりましたが、その理由やどこから来たのかなどは分かっていません。研究チームは噴気からDNAを抽出して調べ、三宅島のクジラの謎に迫りたいと意気込んでいます。 (榊原智康)
 ザトウクジラは、世界中の海に生息しています。冬季には温暖な海域、夏季には寒冷海域と、数千キロを周期的に回遊する特徴があります。日本近海では冬から春にかけて、沖縄や小笠原諸島など暖かい海で出産して子育てし、夏は餌が豊富な北方のベーリング海で過ごします。
 ところが、近年になって生息域に変化が見られています。小笠原諸島の北にある伊豆諸島の八丈島では二〇一五年ごろ、三宅島では一八年ごろから、冬から春にかけ姿を見せるようになったといいます。子育て中の親子のザトウクジラも確認されています。突然現れた理由については、一七年から続く黒潮の大蛇行に伴う海水温上昇との関連も指摘されていますが、よく分かっていないのが現状です。

ザトウクジラの噴気を採取するドローン。機体上部にシャーレが取り付けられている

 今回のプロジェクトは、三宅島にあるカフェ「Cafe691」オーナーの沖山雄一さんが発案。「三宅島クジラ鼻水プロジェクト」と題し、国立科学博物館動物研究部(茨城県つくば市)の田島木綿子(ゆうこ)・研究主幹(海洋哺乳類学)が中心となって進めています。研究資金としてクラウドファンディングで約二百七十万円を集めました。
 クジラの遺伝子を調べるためには「生体試料」を採取する必要があります。これまでは、浮きのついたダーツの矢のような弾を空気銃で撃ち、皮膚サンプルを採る手法が主に用いられていたそうです。
 一方、ドローンを使う方法は、体を傷つけることなく試料を採取できるので、クジラのストレスを軽減できます。ザトウクジラの噴気は海面から高さ約二メートルまで上がります。そのしぶきの中にドローンを突入させて噴気を採取します。ドローンの上部にはサンプル採取用のシャーレが取り付けられています。
 これまでの生態調査では船でクジラを追う必要があり、費用がかさむという課題もありました。今回はドローンを陸から飛ばすので、経費を削減できるメリットもあるといいます。

◆粘膜に遺伝子情報

 チームは昨年十二月と今年三月に調査を実施。ドローンによる噴気の採取に成功しました。海外では、この手法の成功例はあるものの国内では初めてといいます。「噴気の中には、気道の粘膜の細胞が含まれています」と田島さん。細胞からDNAを取り出して遺伝子解析を進めています。 

◆映像から個体識別も

 ザトウクジラは、尾びれの腹側の模様や形などが一頭ごとに異なります。この特徴を利用し、個体を識別できることが知られています。現在は尾びれを写真で撮影し、一枚一枚照合するという根気のいる作業が求められます。プロジェクトでは噴気の採取だけでなく、空からクジラの動画を撮影します。この動画から画像を切り出し、将来的には人工知能(AI)を活用して自動で個体識別できる技術の開発につなげたいとしています。
 田島さんは「北太平洋を中心に世界に生息するザトウクジラの遺伝子と比較することで、三宅島のクジラがどこから来ているかに迫りたい」と話します。さらに噴気の中には、海洋環境への影響が懸念されているマイクロプラスチックのほか、ウイルスや寄生虫といった病原体が含まれている可能性があるといい、同時にクジラの「健康診断」も進める方針です。
 今年十二月にも再び噴気の採取に挑む予定。さらにその先の調査継続のため、研究資金の寄付を募っています。詳しくは「三宅島クジラ鼻水プロジェクト」で検索。

◆東京湾でも目撃相次ぐ

 三宅島から100キロ以上離れている東京湾でもクジラとみられる大型生物の目撃情報が相次いでいます。今年1月には東京湾アクアライン近くを航行中の船から「クジラを発見した」と通報があり、横浜海上保安部の巡視艇が体長7メートル超のクジラとみられる生物を確認しました。
 東京湾を管轄する第3管区海上保安本部は4月1日、目撃情報が続いているとし、周辺を航行する船舶に対し、衝突事故防止の徹底を呼びかける「緊急情報」を出しました。
 クジラの生態に詳しい東京海洋大の村瀬弘人准教授は、1月の確認例はザトウクジラとみており「日本近海ではザトウクジラの個体数が増加傾向にある。行動範囲が広がり、東京湾もその一部に入ってきている可能性がある」と指摘しています。

<ザトウクジラ> 歯がなく「ひげ」でプランクトンなどをこし取って食べるヒゲクジラの一種。北太平洋では、冬は沖縄やハワイ、メキシコ近海で繁殖し、夏はベーリング海やアラスカなどの北極近くで餌を取る。乱獲で一時激減したが、1966年に国際捕鯨委員会(IWC)が捕獲を禁止した後は増加傾向となっている。


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