安くて楽しい公立動物園は「当たり前じゃない」 神戸市の王子動物園含む再整備計画から考えてみた

2023年5月8日 12時00分

王子動物園のパンダ(2018年12月撮影)=神戸市で

 日本で唯一、パンダとコアラを同時に見られる神戸市立王子動物園を含む公園の再整備計画を巡り、地元で疑問が呈されている。大学誘致が予定されていることもあって、計画案では動物園の広さは現状のまま。動物福祉に対する意識の高まりから、拡充を求める声が上がる一方、コスト面の問題も横たわる。どう対応するのか、公立動物園の運営のあり方が問われている。(宮畑譲)

◆市は大学誘致を計画 動物福祉阻害と市民は批判

 王子動物園を含む公園は神戸の中心地・三宮から電車と徒歩で15分程度の閑静な住宅街にある。動物園の他に市民が利用できる陸上トラックやプール、テニスコートもあって市民に親しまれてきた。開設したのは1950年で、老朽化が問題となっていた。
 再整備の計画とともに浮上したのが大学誘致。現在アメリカンフットボールなどができるスタジアムのある場所に関西学院大(兵庫県西宮市)が公募に手を挙げている。市は「文教都市としての地位を高め、新たな価値を創出するために最も有力な施策」とする。

東山動植物園のコアラの親子(2023年1月撮影)=名古屋市で

 しかし、2021年に計画案へのパブリックコメント(意見公募)を実施すると、批判的な意見が相次ぎ計画案は翌22年に一部修正された。廃止予定だったテニスコートを確保し、動物園の横に予定されていた立体駐車場の場所も変更された。
 それでも、批判は収まっていない。修正案に対するパブコメでは「公園を狭苦しくするぐらいなら動物園を充実させたほうがよい」「人口減少で大学は統合されている。大学付近では消費力が弱く、地域の活性化にならない」といった意見が並ぶ。
 計画に反対する地元住民らは市民団体を立ち上げた。大学誘致によって、スポーツ施設の充実のほか、動物福祉の向上が阻害されると訴えている。

◆快適な飼育環境実現は「入園料への反映必要」と指摘も

 動物福祉に重きを置いた動物園の整備は、一筋縄ではいかない。

アジアゾウの親子。飼育場には広大な敷地が必要とされる=名古屋市の東山動物園で

 王子動物園は8ヘクタールの広さに約130種、750の動物が飼育されている。開園は1951年で、国内初のチンパンジーの人工哺育や、アジアゾウの出産を行った実績がある。今は病気のために観覧できないが、雌のジャイアントパンダ「タンタン」もいる。
 アジアゾウは現在、屋外の約500平方メートルに2頭が飼育されている。しかし、日本動物園水族館協会(JAZA)のガイドラインでは、アジアゾウ2頭の展示場に必要な面積として、最低1000平方メートルが必要だとする。ガイドラインに従えば、ゾウだけでも施設を広げなくてはいけない。

豊橋総合動植物公園のチンパンジー(2021年撮影)=愛知県豊橋市で

 NPO法人「地球生物会議」(東京)にこの状況を聞いてみた。
 すると、「生息地でのゾウの行動範囲は数十キロに及び、1日の大半を採食活動に費やすといわれていることを踏まえると、広大な敷地が必要となるはず。動物園全体でも全く足りない」との回答。さらに、「動物福祉に鑑みた快適で豊かな飼育環境を構築するためには莫大ばくだいな費用がかかるのは当然。ある程度、入園料に反映せざるを得ないことは理解する必要がある」と加える。
 神戸市の担当者は「面積にかかわらず、動物福祉の高まりがあり、配慮はしなくてはいけない。具体的な中身についてはこれから詳しく検討する」と話すにとどまる。意見公募の回答では、動物園の料金の値上げは予定していないという。

◆公立は入園料だけで黒字困難 多くは税金を投入

 動物園の運営には、以前より厳しい目が向けられている。課題は動物福祉に重きを置いた対応だけではない。そもそも、動物園は入園料だけで黒字化することは難しく、多くは税金を投入して賄われている。
 4月20日にリニューアルオープンした盛岡市動物公園。長年、園単独の収支では赤字で、市からの繰り入れに頼ってきた。2017年には、2億6000万円を市が負担した。
 リニューアルには、市の財政負担を減らす目的もある。市や民間が出資した株式会社を設立、将来的には敷地内に福祉施設などを呼び込み、少しでも「稼げる動物園」を目指す。
 入園料は大人が500円から1000円になるなど高くなった。それでも、今後も市からの負担は1億円程度を見込む。担当者は「入園料だけでは賄えない。今後は運営会社が外から収入を持ってくることを想定しているが、具体的に見えているわけではない」と話す。
 公立の動物園は、住民の理解があれば、税金を投入して運営を続けることができる。しかし、民営は経営不振に陥れば、閉園せざるを得ない。
 上皇さまの姉・池田厚子氏が園長の岡山市の池田動物園は経営難を理由にかつて市に公営化を求めた。しかし、市議会で保留となり、そのめどは立っていない。動物園の総務担当者は「将来像を示してほしいと言われた。まずは自分たちでできることを何とかやっていくしかない」と話す。

◆「税金で運営するから安い。それを知って」

 動物園の経営コンサルタントを請け負う動物園・水族館ジャーナリストの田井基文氏は「日本は海外と比較して、動物園が多い国といっていいが、あって当然の施設ではない。公立動物園は税金を使って運営されているから、入園料がかなり安く抑えられている。多くの人にまずはそれを知ってほしい」と訴える。
 公立の動物園では、専門職もいるが、専門外の自治体の職員も運営に関わる。「職員には異動もある。10年、50年先の動物園がどうあるべきかというビジョンを持つことは難しい。しかるべき知識と経験を持った人間をトップに据え、長いスパンで考える運営をすべきだ」と指摘する。
 肝心の収支面に関しては、入園料だけで運営するのは難しいため、収入の多角化を目指すことが必要だと言う。海外の動物園の多くはファンドがあり、寄付からの収入を得る。日本の動物園も「これまでにない収入の柱を模索していく必要がある。収入の多角化は喫緊の課題だ」と田井氏は強調する。

◆「人気者をそろえる」ではなく「何を飼う」か

 帝京科学大の佐渡友さどとも陽一准教授(動物園学)も田井氏と同じように、収入の多角化が動物園の質的向上をもたらす可能性があると言及する。

宇都宮動物園のキリン(2023年2月撮影)=宇都宮市で

 「役所の税金に頼っていては、よりよい動物園づくりは難しい。外部資金を得ることを前提にした仕組みづくりが必要だ。その上で、具体的なプランやアイデアを提案して支援を求めることが大切になる。動物園の魅力が向上すれば、地域の活性化にも貢献する」
 ただ「稼げる動物園」を目指す盛岡市動物公園の取り組みは「あくまで苦肉の策に過ぎない」と評する。動物福祉に配慮すれば、広い飼育場の整備など、コストがのしかかるからだ。
 今後はゾウやキリン、ライオンといった人気動物をそろえて集客するスタイルは難しくなるとみる。
 「何でも飼える時代ではない。どの動物を飼うのかという『コレクションプラン』がポイントになってくる。身の丈にあった動物園にしていく必要がある」

◆デスクメモ

 限られた場所をどう活用するのか。限りある税金をどれだけ頼りにするのか。公立動物園が抱える二つの課題。これらは国や自治体が他の公共施設を整備する時にも直面することが多いように思う。うまくできた例があるのか、他の施設整備でも参考になるのか、知りたいところだ。(榊)

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