救急搬送困難事案をスマホで改善 患者の容体を詳しく入力 病院へ一斉送信

2023年5月29日 10時43分

スマホを使った救急搬送活動を説明する名古屋市消防局の救急隊員=同市内で

 救急医療の現場で、救急隊がスマートフォンやタブレット端末を使い、救急患者の容体などの情報を医療機関とすぐに共有する取り組みが広がっている。患者の搬送先がなかなか決まらない「救急搬送困難事案」を防ぐためだ。患者にいち早く治療を施すとともに、隊員の負担軽減につながることが期待されている。(古根村進然)
 脈拍九〇、体温三八度。自宅で転倒し、大腿(だいたい)の痛みで動けなくなった−。現場に到着した名古屋市消防局の救急隊員が、患者情報をスマホの通信アプリ「ラインワークス」で入力していく。地域の十以上の病院に一斉送信され、病院側が受け入れの可否を返信。隊員が電話で最終確認を行い、搬送先が決まる仕組みだ。
 市消防局が今年一月末から始めた「一斉受け入れ要請」。原則、医療機関に患者(重症者を除く)の受け入れを二回以上断られた場合に行う。現在、市内外の二十五の病院が協力しており、四月末までに百八十七回使用された。
 背景にあるのが、救急搬送体制の逼迫(ひっぱく)だ。市消防局によると、新型コロナウイルスの流行や猛暑の影響で、昨年七月の救急出動件数は一万四千七百三十五件に上り、月単位で過去最高を更新した。一方、救急隊から病院への患者受け入れの照会は電話連絡が基本。断られると、搬送先が決まるまで電話をし続けなければならず、症状悪化のリスクは高まる。
 アプリ導入後、隊員らから「搬送時間が短くなり、電話連絡の負担も軽減される」との声が上がっている。市消防局の担当者は「検証を続けつつ、活動に協力してくれる医療機関を増やしたい」と話す。
 高齢化などにより救急出動は全国的に増加傾向で、救急搬送の迅速化や効率化が喫緊の課題。総務省消防庁によると、患者の病院収容までの所要時間は二〇一一年に平均三十八分六秒だったが、二一年には四十二分四十八秒にまで延びた。
 こうした中、各地に広まりつつあるのが千葉大発ベンチャー企業「Smart(スマート)119」(千葉市)の救急医療情報システム。救急隊員が患者の脈拍や血中の酸素濃度などの情報をタブレット端末に入力し、写真を撮影。受け入れ要請を一括して送り、病院側の端末で受け入れ可否を判断できる仕組みだ。
 二〇年七月から千葉市消防局がシステムの運用を開始。患者の受け入れが二回断られた場合に使っており、担当者は「患者の情報を正確に医療機関に伝達でき、一事案ごとに必要な救急隊の報告書も簡単に作れる」と話す。峡北広域行政事務組合消防本部(山梨県韮崎市)による二一年度のシミュレーションでは、電話連絡に比べ、患者の搬送先が決まるまでの時間が約七分短縮できたという。
 二三年度からは広島県東広島市消防局に導入され、千葉市以外の千葉県内の各消防も試験運用を開始。北海道小樽市などでも実証実験が行われる予定だ。
 同社代表取締役で千葉大大学院の中田孝明教授(救急集中治療医学)は「電話連絡の『伝言ゲーム』で不正確な情報が伝わることを防げる。病院側は事前に治療の準備を始められ、医療の質の向上につながる。救急隊の労働負担も減らせる」と説明。「脳卒中や心筋梗塞などの疾患は一分一秒でも早く治療することが予後に影響する。救急搬送時間を短縮する意義は大きい」と力を込める。

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