誰よりも高く跳ぶ 跳び箱・大山大和

2020年3月4日 02時00分

都内のイベントで23段の跳び箱を跳び越える大山大和

 子どもの時に体育の授業で、誰もが挑戦した「跳び箱」。そのギネス世界記録は何と24段(高さ2メートル96センチ)だ。記録を持つ大山大和(35)は「跳び箱なら誰にも負けたことがない。僕より高く跳べる人はいない」と胸を張る。
 二月のある日。都内で行われたイベントで、大山は世界一の跳躍力を披露した。用意した跳び箱は23段。自身の持つ世界記録より一段(10センチ)低いが、そびえ立つような高さに観衆の目はくぎ付けになった。
 助走でグングン加速し、両足をそろえて踏切板を力強く蹴る。勢いよく空中へ舞い上がると、開脚した足が触れることなく箱の上を通過し、大歓声が沸き上がった。
 成功のこつを尋ねると、「踏切板は真後ろへ蹴るイメージ。跳び越えるときは、箱に手をついたら体を締めて一気に上がる。両手で跳び箱を下に投げる感覚で」。踏切板を蹴る時にかかる衝撃は約一トンという。踏む位置がずれると真上に上がらず、激突する危険さえある。
 大山がギネス世界記録を樹立したのは、二〇一一年十一月。その前年には規格の違う巨大跳び箱・モンスターボックスで、前人未到の24段(高さ3メートル16センチ)に成功したが、その競技のルールは背中から落ちてもOK。しかし、ギネス記録は両足で立って着地しなければならない。

跳び箱を使った華麗な演技も披露

 「難しいのは空中で体勢を崩さず、両足から下りること。高さだけならギネスの26段(3メートル16センチ)まで跳び越えられるので、問題は着地」と話し、「25段(3メートル6センチ)なら着地も自信がある。成功させて一生破られない世界記録を更新しておきたい」と力を込めた。
 週末はパフォーマー「HIRO&AG」の名で街頭でアクロバット芸を披露する。元新体操選手で相方の脊戸田英次(37)は言う。
 「大山のすごいところは、三十五歳の今も(規格の違う二つの跳び箱で)24段を跳べるところ。記録を出してから十年近くたつが、この間、誰も24段を跳べていない。まさに世界一の跳び箱職人だ」 
 幼少期から体操競技を始め、中学時代に跳馬で日本一。オリンピック出場を目標に掲げ、習志野高から名門・順天堂大に進学した。ところが、アテネ五輪(〇四年)後のルール改正で競技人生は一変した。大学二年の時だった。
 10点満点からの減点方式だった採点方法が、技の難易度に応じて加点する方式に変わったのだ。大山は自分の体操スタイルが否定された思いだった。
 「僕は難度の高い持ち技は多くないけど、失敗しないきれいな演技で高得点を取ってきた。それがミスをしても難しい技をどんどん繰り出す選手に点数で勝てなくなった」
 全日本選手権も個人総合に出場することはかなわず、五輪出場の目標は断念。卒業後はプロのパフォーマーに転向し、「マッスルミュージカル」に出演。「筋肉で音を奏でる」をコンセプトに、演者の驚異的な身体能力が繰り広げられる舞台は当時大人気。巨大跳び箱の飛越は定番の演目で、大山も仲間と競うように腕を磨いた。
 しかし活動から四年、東日本大震災の影響で公演が激減したのを契機に、舞台から離れ独自の活動を模索。生活も苦しくなり、「いろんなアルバイトをし、体操の歴代の監督さんらにも相談し、子どもたちに教える仕事を紹介してもらった」と感謝する。
 六年前からは平日は体操教室で指導し、週末は大道芸人という二つの顔を持つ。指導は千葉、船橋両市内の幼稚園など十カ所を回り、教えている児童、園児は約五百人に上る。「子どもたちが運動を好きになってほしい」と願う。
 「この先にどんなスポーツをやろうと、柔軟な体はけがや故障を防ぐ。若いアスリートがけがで競技人生を終えるなんて悲しい」。だから子どもたちに体操の基礎をしっかり教える。
 (敬称略)

こつは手で箱を下に投げつけるイメージ

◆異なる規格とルール

<モンスターボックスとギネス規格の跳び箱> TBSの特別番組で行われる巨大跳び箱は「MONSTER BOX」と呼ばれ、番組公認の世界記録は23段(高さ3メートル6センチ)。大山は2010年のマッスルミュージカルのツアー公演で複数回24段(3メートル16センチ)に成功した。
 大山は翌11年に跳び箱のギネス世界記録24段(高さ2メートル96センチ)に成功したが、二つの跳び箱は規格が異なるうえに競技ルールも違う。モンスターボックスは跳び越えれば良いが、ギネス記録は両足で立って着地しなければ成功とみなされない。
<おおやま・ひろかず> 6歳から体操競技を始め、中学時代は跳馬で全国1位。習志野高、順天堂大で競技生活を送った。卒業後はアクロバット・パフォーマーとして活躍。跳び箱24段、1分間トランポリンダンク44回など三つのギネス世界記録を持つ。子どもたちの体操指導に力を入れ、渋谷区恵比寿で運動を取り入れながら算数を学ぶ学習塾を主宰する。172センチ、63キロ。千葉市出身。
 文・牧田幸夫/写真・中西祥子

関連キーワード


おすすめ情報

知られざる世界ランカーの新着

記事一覧