アプリに「働かされる」12時間…迫るブラックフライデー、Amazon配達員の実態から見えた「危うさ」

2023年11月22日 06時00分
<配達の現場から どう守る 仕事 暮らし>㊤
 コロナ禍を経た通販の拡大により、フリーランスの配達員が急増している。自由な働き方がもてはやされる一方で、法的な保護が弱く、労働条件を改善する交渉もままならない。残業規制に伴って深刻な人手不足が懸念される「2024年問題」では、規制の枠外にいる彼らへの負荷が強まる恐れも出てきた。配達量が増える世界的セールイベント「ブラックフライデー」を24日に控える中、現場の実態を報告する。

軽貨物車から荷物を取り出すアマゾン配達員(一部画像処理)=21日、神奈川県内で

 アマゾンの荷物を運ぶ配達員の40代男性は午前9時すぎ、神奈川県内の配送センターで半日分の荷物85個を軽貨物車の後部に隙間無く積み込み、スマートフォンのアプリを起動した。画面上の地図には運ぶ場所がピン留めされ、時間指定や、人工知能(AI)で導き出された最適なルートが示されている。一通り確認すると、約12時間にわたって街中を駆け回る、いつもの1日が始まった。

◆1個当たり4分で届けないと…

 ある日曜日に請け負ったエリアは崖沿いに広がる住宅街で、一部の配送先は近くまで車で入れない。「こういう場所ほど水などを注文する人が多い」と、10キロ以上の段ボールを抱えて、片道5分ほど階段を駆け上がった。急ぎ足になるのは、1個当たり約4分で届けない限り、荷物をさばききれない計算だからだ。しかも、「時間指定に遅れると記録が残るので、気が抜けない」とこぼす。

(左)10キロ以上の荷物を歩いて運ぶ配達員 (右)階段を上って配達先に向かう配達員=神奈川県内で

 男性はアマゾンの下請け会社から配達の業務を委託され、契約を結ぶ個人事業主だ。仕事中にけがをしたり事故に遭ったりしても自己責任で、休めば収入が途絶える不安定な立場にある。日当は約2万円だが、ガソリン代や車のリース代は持ち出し。企業に雇われていれば労使合意に基づいて適用される労働時間の上限もない。繁忙期には1日220個ほどを任され、14時間かけて配ったこともあるが、残業代は出ない。
 配達中は狭い道路で方向転換を繰り返す。だが、下請け会社からのリース車にはバックカメラがなく、天井まで積み上がった荷物でバックミラーが見えないこともある。時間指定は午後10時まであり、危険を伴う夜間は特に気を使う。

◆「運転は慎重。だが半分は運任せ」

 「運転はすごく慎重にしている。だが、半分は運任せ」と自嘲気味に語った。
 個人事業主がフリーランスと呼ばれるのは文字通り、働き方が「自由」だからだ。勤める企業の指揮監督下に置かれ、命令を受ける代わりにセーフティーネット(安全網)も用意されている雇用労働者とは異なり、仕事選びは個人の裁量に委ねられ、特定の業務を行う対価として報酬を得る。

配達中、常に手にするアプリの画面=21日、神奈川県内で(一部画像処理)

 男性もフリーランスに憧れて約4年前から配達員となった。当初は1日100個程度の配達で余裕を持って働けたが、21年夏ごろに配達用アプリが本格導入されると、荷物量が2倍ほどに急増。アプリを通じて日ごとの荷物量やエリアを一方的に決められ、下請け会社からは他の人が運びきれなかった荷物の配送指示を受けるなど、会社員のように働いた。疑問を抱いた男性は昨年6月、他の配達員とともに労働組合「東京ユニオン・アマゾン配達員組合横須賀支部」を発足させ、労働環境の改善に向けてアマゾン側に団体交渉を要求した。
 だが、アマゾンも下請け会社も、契約などを盾に「従業員ではない」と主張。議論が平行線をたどり、一向に前進しなかった昨年9月、仲間の60代男性が配達中に階段から転げ落ち、腰の骨などを折る全治2カ月の大けがを負った。組合は、働き方の実態から見れば彼は「労働者」だとして、横須賀労働基準監督署に対し、労働災害保険法上の休業補償や療養補償の請求をする後押しをした。
 それから1年。横須賀労基署はこの9月に労災と認める決定をした。支援する弁護団は「全国各地のアマゾン配達員に労働関係法令の保護が及ぶ可能性を開き、画期的」と高く評価した。

◆労働環境は改善されないまま

 ただ、アマゾン側がアプリ運用の見直しなど、労働環境改善に乗り出した形跡はない。アマゾンジャパンの広報担当者は「アプリの利用は配達に必須ではない。労災認定は、委託先配送業者に対するもので、アマゾンに対するものではない」とコメント。男性が「長時間の無理な働き方で危ない」と訴えた現状は変わらない恐れもある。労基署の決定が、不条理な「働かされ方」の見直しにつながるかは、まだ見通せない。

フリーランスの配達員 通販サイトや食事宅配サービスなどの商品の配達は、配送会社の社員のほか、フリーランスも多く請け負っている。サイト運営会社や下請けの配送会社から委託を受け、主に軽バンなどの軽貨物車で配達する。通販の拡大で需要が増え、軽貨物の事業者数は2022年3月で約20万9000。国土交通省によると、大半がフリーランスとみられる。資格などが必要なく、車の届け出だけで始められる一方、同年には軽貨物車の事故が5012件あり、安全面が課題。国交省が今年5月に公表した軽貨物車の配達員に対する初の実態調査では、回答者の約42%が1日の労働時間を「11時間以上」と答えた。

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 コロナ禍を経た通販の拡大により、フリーランスの配達員が急増している。自由な働き方がもてはやされる一方で、法的な保護が弱く、労働条件を改善する交渉もままならない。残業規制に伴って深刻な人手不足が懸念される「2024年問題」では、規制の枠外にいる彼らへの負荷が強まる恐れも出てきた。配達量が増える世界的セールイベント「ブラックフライデー」を24日に控える中、現場の実態を報告する。(この連載は、森田真奈子、原田晋也が担当します)

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