新しい文化知り自由に『三度目の恋』 作家・川上弘美さん(62)

2020年11月22日 07時03分
 恋愛小説の名手が手掛けた本作は、「伊勢物語」がモチーフ。登場人物やエピソードを投影しつつ、現代と江戸、平安時代を舞台にそれぞれの恋愛が描かれる。古典の物語に準拠するという自身初の試みを「自分の中を掘って外の世界とつながるだけでなく、外にある伊勢物語を掘って行ったら自分の中につながった、という二重の喜びがありましたね」と振り返る。
 主人公の梨子(りこ)は、幼い頃から恋い焦がれた年上のナーちゃんと結婚する。美しく、天然自然で様子のいいナーちゃんは、女たちをひきつけずにおかない男であり、多情な男でもあった。女性の影に思い悩む梨子は、小学校で親しかった当時の用務員・高丘さんと再会し、夢の中でむかしを生きる魔法を手に入れる。
 江戸時代の吉原のおいらんとして、平安時代に在原業平と結婚する姫に仕える女房として、梨子は現代と行き来をするようになる。丹念に描かれるのは、それぞれの時代に生きる人たちの恋愛感情や暮らしぶりだ。異なる時代のこまやかな心の通い合いや率直な愛情表現に触れ、ナーちゃんを中心に生きてきた梨子は変わっていく。
 ここ五年余り、伊勢物語とじっくり向き合う日々だった。二〇一六年に出た『日本文学全集03』(河出書房新社)で現代語訳を担当。翌一七年に国文学研究資料館(東京都立川市)の事業「ないじぇる芸術共創ラボ」の企画で、今作に取り組むことに。二年にわたって数カ月に一度、研究者たちと集まっては質問を繰り返し、書物からも貪欲に知識を吸収した。
 そうした成果の一つが、作中で平安時代の姫や業平らが話す京ことば。伊勢物語の舞台を重視し、男性と女性の違いにも気を配った。柔らかくみやびな響きが、読む者をたちどころに作品の世界へ引き込む。「日本の現代の話ばかり書いていたのが、新しく知った文化を舞台に描いてみることができた。物を知るということは、自由を得るということですよね。その面白さを知りました」
 気になるタイトルは、主人公がたどり着く境地に由来する。「現代が小説で恋愛を書きにくい時代だと言われるのは、人間関係がすごく難しいと感じるようになっているから。わたしたちの現代とは違う文化を知ることで、狭いところからふわっと外に出たような気持ちになってもらえたら」。中央公論新社・一八七〇円。 (北爪三記)

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