「風評被害が避けられない」福島の漁業や観光関係者から反発の声 原発の処理水放出決定

2021年4月13日 23時14分
 政府が正式決定した東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出する方針について、福島県内の漁業や観光の関係者から「風評被害が避けられない」などと反対の声が上がり続けている。東電や政府への不信感は根強く、理解を得るにはハードルは高い。(片山夏子)
 「決定は心から残念。改めて福島県の漁業者の総意として海洋放出に反対したい。日本の全漁業者の意思においても反対なことを確認している」。13日午後、福島県いわき市に政府の方針決定を報告にきた梶山弘志経済産業相に、福島県漁業協同組合連合会の野崎哲会長は改めて強い反対を伝えた。
 梶山氏は「海洋放出は福島の復興を進めるのに不可欠」と説明し、徹底的な風評対策などを約束。「対策を行うにあたり地元の声は何よりも大切。基本方針をご理解いただきご協力お願いします」と述べた。
 野崎氏はさらに、福島第一原発では原子炉建屋周辺の井戸からくみ上げた水を浄化し海洋放出する際に、国も東電も「関係者の理解なしには放出をしない」と約束したことに言及。「これまで廃炉に協力してきた。約束を重視してもらえると信じてきた」と怒りをあらわにした。
 面会の後半、梶山氏は用意してきた文書から離れ「廃炉作業で燃料取り出し作業や、線量の高い物を保管する中で、今あるタンクを処分してスペースを確保しなくてはならないこともご理解ください」と訴えた。
 野崎氏は「漁業は海を生業とするが、その土地を離れてできない。ようやく本格操業の道を模索始めたところでこのような決定をされ、驚愕きょうがくしている。その土地で生業を得て暮らすのは、人間として一番の基本。政府の決定を受けてもなお、福島に土着し漁業を行うことを強く決意している。これが漁業者のできる精いっぱいの抵抗運動だと思っている」と梶山氏を見据えた。
 これに先立ち、福島県庁で梶山氏の報告を受けた内堀雅雄知事は「処理水の問題は福島の復興にとって重く困難な課題。基本方針について精査し、改めて県としての意見を述べたい」と言うにとどめた。

近くの漁港で水揚げされた魚や地元の野菜などが並び、週末は2000人以上が利用する浜の駅松川浦=12日、福島県相馬市で

 同県相馬市松川浦では昨年10月、「浜の駅松川浦」が開店した。店では地元で水揚げされた魚介類やアオサノリや地元産の野菜を販売。平日は約1000人、週末は2000人以上が県内外から訪れる人気スポットになっている。
 「10年かけて地元の魚をおいしいと食べてくれ、アオサノリも売れるようになった。国民の理解を得ないまま強引に海洋放出を決めたら、原発事故直後の福島の見られ方に戻りかねない。政府は国民が納得する説明や議論をした上で、国民の理解を得た上で流してほしい。そうしないと地元の10年の頑張りが駄目になり、また結果を地元に丸投げすることになる」。店長の常世田とこよだ隆さん(61)は不安を口にした。
 買い物に来ていた渡辺悟子さん(64)は、県内の富岡町から大玉村に避難中だ。「ようやく産地を気にしなくなったのに。絶対に流してほしくない。復興五輪と言っていたのに、海洋放出を今決めるのはなぜなのか。地元が復興しようと頑張っているのに希望が無くなる。10年ですよ。原発事故と、今回の海洋放出で地元は二重の苦しみになる。魚の風評被害は福島だけじゃないと思う。日本全体の問題」と憤った。
 広野町の新妻絹子さん(70)も福島だけの問題ではないと感じてる。「全国に説明してほしい」と訴える。「(消費者になる国民に)説明が全然ない。処理水とか汚染水とか安全だと言われても、流すとなれば気になる。政府が太鼓判を押せるならそれを説明してほしい」
 大河原市の佐藤ヨシコさん(77)は「いくら浄化して魚に影響がないと言われても信用できない。子どもだけじゃない、大人だって気になる」。伊達市の女性会社員(60)も「海洋放出することに、納得いく説明をしてほしい。県民の多くは納得していない。トリチウム水は世界で流しているというが、原発事故後の汚染水を浄化しても同じなのか。孫に食べさせるものは子どもたちは気にする。大量に流すことや何十年も流して大丈夫なのか」と話す。
 
 宮城県亘理市から自転車で来た鈴木重元さん(69)は「検査しているんでしょう。気にならない」という。一方、福島県二本松市の本田広一さん(50)は「流してほしくない。魚への影響が気になる。今は食べているけど、食べたくない気持ちになる。30年も流すなんて長すぎる。地元の意見をもっと聞いてほしい。海水浴や潮干狩りも控える人が出てくるかもしれない」と言葉少なに言う。福島市の安斎康雄さん(46)は「流さないとどうしようもないのだろうが、安全かどうかがよくわからないのが不安の原因になっている。国も東電も隠し事が多すぎる。隠さずにすべて表に出し、全国民にしっかり説明をしてほしい」と語った。

敷地内に処理水のタンクが並ぶ東京電力福島第一原発=2021年4月10日、本社ヘリ「おおづる」から撮影

 松川浦の海水浴場は3年前にようやく再開した。漁業は原発事故後に続いていた試験操業が終わり、今月から本格操業に向けた水揚げ量の増加が見込まれている。東日本大震災前は毎年3万人が集まっていた潮干狩りも、再開に期待がもてるところまで来た。
 浜の駅松川浦の食堂の社長で、ホテルみなとや専務の管野貴拓さん(45)は「観光客も増え、ようやくというとき。絶対に海洋放出はやめてほしい」と訴える。
 管野さんの根底には、東電と国への不信感がある。風評被害が発生すれば補償があるというが「現段階で原発事故による営業損害賠償がきちんと出ていない事業者も多いのに、補償されるとは思えない」と話し、注文を付けた。「ここで生きていくには、安全性を確認して売るしか道はない。今後、廃炉を進めていくにしても、政府も東電も隠さずすべてを説明し、汚染水の処分方法も、国民の合意を形成してから決めるべきではないか」

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