日本刀の基礎・基本学習

鎬(しのぎ)とは
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鎬(しのぎ)とは 鎬(しのぎ)とは
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刀剣は、刀匠達が実践の中で失敗と改良を繰り返しながら、たゆまぬ努力によって極限まで無駄を省き、鍛えぬいた芸術品です。「鎬」(しのぎ)とは、刀剣に施された刀身の側面(刃と棟の間)にある山高くなっている筋のこと。デザインとして美しいのはもちろん、鎬には、刀剣の「強み」にかかわる秘密が隠されていました。なぜ日本の刀匠は、刀剣に鎬を施したのでしょうか。鎬には、どんな優れた機能が潜んでいるのか、鎬について詳しくご紹介します。

「鎬」とは

鎬

」(しのぎ)とは、刀身の側面(刃と棟の間)にある山高くなっている筋のことです。さらに鎬の線のことを「鎬筋」(しのぎすじ)、鎬筋と棟の間の部分を「鎬地」(しのぎじ)と言います。

日本の刀匠が刀剣に鎬を取り入れた背景には、「武器だから」という理由がいちばんです。

直刀」を使って「突く」攻撃から、反りを増した「太刀」を使って「撫で切る」攻撃へと変化した結果、刀剣には「攻撃力」と「機動力」が求められるようになりました。

刀剣は武器として、鋭い切れ味と同時に、軽くて扱いやすいことが求められるようになったのです。鋭い切れ味にするには、刃を「薄く」することが大事。さらに、刀身は戦闘中に振り回せるように「軽く」、また折れないように「頑丈」にする必要がありました。

しかし、刃が薄ければ折れやすく、頑丈ではなくなります。頑丈にしたいと身幅を広くし重ねを厚くすれば、重くなってしまい、戦で臨機応変に振り回すことができません。

「薄く、軽く、頑丈に作る」。この矛盾した課題を解決するために、刀匠達が知恵を絞って生みだした物こそが、鎬なのです。

日本刀の造込み

刀身の形状のことを「造込み」(つくりこみ)と言います。

この造込みには、「平造り」(ひらづくり)と「鎬造り」の大きく2種類があり、この造込みの歴史的な変遷を見ていくと、鎬が生まれた理由と鎬のメリット、その背景にある刀匠達の知恵と工夫が見えてきます。

平造り

平造り

平造り

平安時代以前の刀剣は、ほとんどが反りのない直刀でした。

鎬がなく、刀身の表面・裏面共にシンプルな平面で構成されています。

これが平造り。平造りには、硬い物を切ると刃こぼれが起きたり、刃が折れたりしやすいというデメリットがありました。

切刃造り(両切刃造り)

切刃造り(両切刃造り)

切刃造り(両切刃造り)

平造りのデメリットを解消するため、刀身を厚くして、先端の両側に刃を立てたタイプを「切刃造り」(きりはづくり)と呼びます。

奈良時代の直刀などで多く見られる造込み。重ねが薄くなりましたが、強度がありませんでした。

鎬造り(本造り)

鎬造り(本造り)

鎬造り(本造り)

鎬造りとは、平安時代以降の刀剣。強度を保ったまま軽量化を実現するために、刃と棟の中間(棟寄り)に鎬を設けたことから、こう呼ばれました。

まずは、刀身の棟側を丹念に削ることで軽量化に成功。さらに、断面の中央部分が膨らんだ長菱形に近い形状とすることで、強度を保つことができたのです。

軽くて頑丈な鎬造りは、後世の日本刀の主流に。そのため、これを「本造り」とも言います。

鎬造りのバリエーション

鎬造りによる刀剣は、全国に広がりました。それぞれの刀匠がより優れた刀剣を求めて独自に知恵を絞った結果、様々なバリエーションが誕生しています。

菖蒲造り

菖蒲造り

菖蒲造り

鎬筋と鋒/切先が一点で収れんし、横手のない物。刀身の形状が菖蒲(しょうぶ)の葉に似ていることにちなみ、こう呼ばれました。

鎌倉時代に誕生し、室町時代の脇差などで多く作られた造りです。

冠落造り

冠落造り

冠落造り

鵜の首造りで横手のある物を「冠落造」(かんむりおとしづくり)という場合と、横手がなくても横手周辺の重ねが厚くならないタイプを冠落造と称する場合があります。

いずれも鵜の首造りと同様、大和系の鍛冶が作った短刀などに多く観られました。

おそらく造り

おそらく造り

おそらく造り

鎬造りでは鋒/切先近くにあった横手を、刃長の中央もしくはそれより下に設けた物。

刀身の大部分が鋒/切先になるという異様な造込みで、「おそらくこんな変わった造作は他にはないだろう」というところから名づけられたと言われます。

鵜の首造り

鵜の首造り

鵜の首造り

棟の上半分を削って薄くするという手の込んだ造込み。

棟の方向から観ると、頭が張って首のくびれた鵜(う)の頭に見えることから名づけられました。

大和系の短刀などに多く見られる形状です。

片切刃造り

切刃造り

切刃造り

切刃造りから派生した物で、刀身の片方が切刃、反対側が平造りまたは鎬造りになった物が「片切刃造」(かたきりはづくり)です。

上古刀を別にすれば、南北朝以降の短刀や脇差、江戸時代初期、幕末などに多く作られました。

鎬の高さと流派

鎬の高さを見るには、刀剣を真っ直ぐに立て、棟を正面にして鎬の山形が棟の左右に突起する具合を確かめます。鎬の張りが大きい物を「鎬が高い」、鎬の張りが小さい物を「鎬が低い」と表現。鎬の高い刀剣とは、重ね(厚さ)と鎬の高さの差が2mm以上ある物。平均的な鎬の高さは1mmです。

また、鎬の高さがほとんどない刀剣も存在します。鎬筋の描き方で様々なバリエーションが生まれたように、鎬の高さの決め方にも、刀匠達のこだわりが潜んでいました。

例えば、刀剣には「五箇伝」という、名工や名工集団を輩出した5つの地域に伝わる刀剣作りの伝法があります。

それは、「大和伝」(やまとでん:現在の奈良県)、「山城伝」(やましろでん:現在の京都府)、「備前伝」(びぜんでん:現在の岡山県)、「相州伝」(そうしゅうでん:現在の神奈川県)、「美濃伝」(みのでん:現在の岐阜県)。

一般的には、五箇伝の特徴は、刃文や刃の色、形状などで説明されることが多いですが、大和伝と相州伝は鎬の高さに特徴があることで、よく知られています。

鎬の高さを観る方法

鎬の高さを観る方法

大和伝

五箇伝の中で最も古く歴史がある伝法が大和伝です。刀剣に共通する特徴は、実用本位の設計思想で作られているということでした。

実際の戦で刀剣を使用する際、もし相手が振り下ろした刀剣を刃先で受けてしまうと、刃が欠けて使い物にならなくなります。

そこで戦闘時には手首を90度曲げ、鎬の部分で相手の刀を受け止めなくてはなりませんでした。こうして鎬部分に大きく傷が入る状況を、「鎬を削る」と言います。

大和伝では、敵の攻撃で刀身が折れたり曲がったりすることを防ぐため、鎬幅を広く、鎬を高く(重ねを厚く)造られました。

相州伝

南北朝時代に全国に広がった相州伝は、軟硬の地鉄を組み合わせ、鍛え方を工夫したことで、強度を高めることに成功しました。

そのため、大和伝とは逆。刀身の身幅が広く、重ねを薄く、鎬幅を狭く、鎬を低く作られています。

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