心理学

目の前の利益を優先したくなる心理現象、現在バイアスとは?

最終更新日:2024.02.11編集部
目の前の利益を優先したくなる心理現象、現在バイアスとは?

現在バイアスとは?

現在バイアスとは?

現在バイアス(Present bias)とは、アメリカの行動経済学者ダニエル・カーネマンが提唱した、「人は目の前にあることがらを過大評価してしまう」という概念のことです。現在バイアスが働くとどうしても、「今この瞬間の利益」に重きを置いてしまうため、人は少し先の未来の利益に対して適切な評価ができなくなり、将来の大きな利益よりも目の前の小さな利益を優先してしまいます。

現在バイアスの例

カーネマンはイスラエルの心理学者、エイモス・トヴァスキーとともに1979年に論文を発表しており、その中の「プロスペクト理論」では、人は儲け(利益)はできるだけ早く確定したいという心理をもつことも示されています。たとえば、よく例にあげられているのが、もらえるお金と時間を掛け合わせた選択です。「今、1万円もらうのと、1年後に1万1千円をもらうのでは、どちらがいい?」と聞かれたら、あなたはどちらを選択しますか? 調査では大半の人が「今1万円をもらうこと」を選ぶのだそうです。しかし、実際に1万円を銀行に預けた場合、1年で金利はどれくらいになるのでしょうか。1年後に1万1円にしかなりません。得をするのは1年後に1万1千円をもらうことを選んだ人です。

現在バイアスが生じてしまうプロセス

このように、今目の前にある利益のほうを選んでしまう合理的ではない選択をする背景には、「待つことのできないせっかちな性質」や、自制心の有無も影響しています。「マシュマロ・テスト」という有名な実験があるのですが、それによれば、実験で現在バイアスに流されてしまった子どものグループと、そうでない子どものグループでは、その後の成長にも差が見られたという研究結果が報告されています。

現在バイアスに流されない自制心は、人生も左右する?

「マシュマロ・テスト」は、スタンフォード大学の心理学者であるウォルター・ミシェルが、1960年代後半から1970年代前半にかけて実施した、「子ども時代の自制心と将来の社会的成果の関連性」を調査した実験です。4歳の子ども186人が参加しました。机と椅子だけの部屋にひとりで入り、そこにはお皿に乗せられたマシュマロが1個。実験の監督者からは、以下のような指示を受けます。

  1. 今すぐに、マシュマロ1個を食べてもいい

  2. もし、私がいなくなる15分の間マシュマロを食べるのをがまんできたら、あとでマシュマロを2個食べてもいい

果たして4歳の子どもたちが合理的な判断ができるかというと、それは難しく、2/3の子どもたちが、今すぐにマシュマロを食べてしまうことを選んだそうです。マシュマロから目をそらしたり、後ろを向いたりして最後までがまんできたのは、1/3の子どもたちでした。この実験には追跡調査があります。実験に参加した自分の娘の成長を見てきたミシェルはひとつの仮説をたて、最初の実験から18年後、被験者の子どもたちが22歳になった時点で追跡調査を実施します。それは、マシュマロ・テストで自制心を働かせた子どもたちと、そうでないグループの、その後の成長についての比較検討でした。

結果を見ると、就学前の幼少時代から備えていた自制心はその後も継続しており、マシュマロを食べるのをがまんできたグループと食べてしまったグループでは、大学進学適性試験(SAT)のスコアに平均で210ポイントの相違が認められました。さらに被験者の大脳を撮影した結果、集中力に関係するとされる脳の部位の活発度に、2グループで重要な差異が認められました。つまり、現在バイアスに流されずに自制心をもって行動できた子どもたちはその後、優秀な成長をしていたことが示されたのです。さらに2011年の追跡調査では、確認された傾向が人生半ばまで継続していたことが明らかになったそうです。

現在バイアスが働く人々は、災害復興時にまず生活の立て直しを優先する

近年の日本でも、現在バイアスについての興味深い研究を実施した論文が発表されています。現在バイアスが、地震災害の復興に影響を与えうるのかどうかを検討したものです。研究のアウトラインを以下にまとめてみました。

  1. 現在バイアスの影響を受けている首都圏の居住者が、「災害復興に関して一般的ではない特徴的な考え方をもっているのかどうか」を検証する

  2. 調査は、2018年に首都圏に居住する人400名を対象に実施。まず現在バイアスにまつわる質問調査を行い、将来の価値を低く見つもって現在の価値を選択する傾向をもつ、現在バイアス群を抽出。地震に対しても現在バイアスが働くと思われるグループ200名と、合理的な判断をするグループ200名の2つのグループを作成

  3. 2つのグループに対して、今後発生が予想されている首都圏直下型地震に関するWeb調査を実施

  4. 現在バイアスグループは、災害復興に対して一般よりも、自身の生活の迅速な立て直しを希望する傾向がみられた

(小林秀行・田中 淳 (2020). 「現在バイアスは災害復興観に影響を与えうるか: 首都圏居住者の首都直下型地震に対する災害復興観調査を事例として」より)

研究内容をもう少し詳しくみてみましょう。この研究を行ったのは、明治大学専任講師の小林秀行氏と、東京大学大学院教授の田中淳氏です。両氏は首都直下型地震に対して、現在バイアスが働いている人々は、災害の復興に対して計画性が低かったり、せっかちな選択をする傾向が高いのではないかと見立てました。

調査した結果、現在バイアスが働いているグループは基本的に、計画的な貯蓄を日常的に行うことには向いていないという傾向が現れました。災害の復興に対して迅速性を求めるという点については、合理的判断をするグループと比較して明らかな差異が認められ、自分自身の生活の早急な立て直しを求めるスタンスが示されました。この結果について教授らは、現在バイアスをもつグループは、災害に対する近年の自己責任論の影響も受けているのではないかと考察しました。また、災害時の大きなストレスが、現在バイアスの影響を受ける人々を増加させる可能性についての懸念も示しました。

まとめ

人の判断に大きな影響を与えるバイアスについてまとめました。心理学は人の心や行動について、科学的な解明を試みていく学問です。そして心理とは、脳の働きによってつくられる心の動きとも表現できます。脳が何かを認知する際には、さまざまな環境要因や状況の影響を受け、その中にはバイアスも含まれているということをあらかじめふまえておきましょう。

参考文献

  • ダニエル・カーネマン『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 (最終閲覧日2022年9月30日)

  • 真壁昭夫 (2019). 『行動経済学 見るだけノート』 宝島社

  • 小林 秀行・田中 淳 (2020). 現在バイアスは災害復興観に影響を与えうるか:首都圏居住者の首都直下型地震に対する災害復興観調査を事例として 災害情報 = Journal of disaster information studies : 日本災害情報学会誌 / 日本災害情報学会学会誌編集委員会 編 (18), 1-11.

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