Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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陰謀論が投票などの政治行動にどのような影響を与えるか
ファーヒ ロバート アンドリュー講師


ファーヒ ロバート アンドリュー講師

近年のソーシャルメディア(SNS)の発達で陰謀論が社会に与える影響が大きくなった

 現在の研究テーマは「陰謀論が選挙の投票など人々の政治行動にどのような影響を与えるか」です。陰謀論とは、「事件や出来事の背後には、大きな権力をもった個人や集団などによる陰謀や策略があり、真実は世間の人々が広く認識しているものとは違う」と信じる思考のことです。デマやフェイクニュースなど似たような言葉がありますが、陰謀論は策謀や策略が「グループ」で「秘密裏」に、「悪意(利己心)」で行われるものと定義されています。

 近年、ソーシャルメディアの急速な発達で、陰謀論をはじめ情報が伝わるスピードが格段に速くなっています。また、新型コロナウイルスの世界的な流行、ロシアのウクライナ侵攻など不安定な社会情勢もあり、陰謀論が次々と生まれては、あっという間に世界中に拡散しています。そしてその真偽とは別に、陰謀論を信じる人たちが事件を起こしています。例えば2021年1月にアメリカで、「大統領選挙で不正があった」という陰謀論を信じるトランプ前大統領の支持者が、暴徒と化して連邦議会議事堂に押し入り、大統領選の結果の承認を阻止しようとしました。この政治的な暴動事件のように、陰謀論を信じる行為が社会や政治に与える影響が大きくなりつつあると感じています。

 私はアイルランドで生まれて高校生まで過ごし、イギリスで新聞記者になりました。日本の企業を取材する機会が多かったので日本語に興味を持つようになり、日本語を学べる大学に進学し、政治学も学びました。そして縁があって早稲田大学でも政治学を学び、現在研究者として在籍しています。新聞記者時代にソーシャルメディアが企業に与える影響を目の当たりにして、ソーシャルメディアが発達し、陰謀論が社会に与える影響が大きくなっていると感じたことで、このテーマで研究をしようと考えるようになりました。

陰謀論を信じることの指標を測定するツール「GCBS」

 陰謀論は、70年ほど前の1950年代にアメリカで研究が始まりました。当時、陰謀論を信じることはメンタルな病気だと考えられていました。しかしここ20年ほどの研究で、陰謀論を信じることはメンタルな病気ではないことが明らかにされ、世界中のほとんどの人々が、少なくとも一つは陰謀論を信じていると言われるようになっています。

 そこで近年、陰謀論を信じることの指標を測定する「Generic Conspiracist Beliefs Scale(一般的な陰謀論的信念の尺度、以後GCBS)」という測定ツール(図1)がBrothertonによって2013年に開発され、社会や政治への影響を測る物差しとして、研究者の間で活用されています。

図1.「陰謀論を信じること」の指標の測定ツール「GCBS(Generic Conspiracist Beliefs Scale)」。陰謀論の種類が大きく5つのジャンルに分けられ、それぞれ3項目ずつ、計15項目の陰謀論が記されている。

 GCBSでは、陰謀論が大きく5つのジャンルに分けられ、それぞれ3項目、計15項目の陰謀論の事例が記されています。5つのジャンルは、①「政府の不正行為」②「悪意に満ちた国際的な陰謀」③「地球外生命体の隠ぺい工作」④「個人の健康」⑤「情報の管理」です。①の「政府の不正行為」というジャンルには、例えば「政府は、自国へのテロ行為を容認、またはそれに関与し、その関与を偽装している」という事例があり、②の「悪意に満ちた国際的な陰謀」というジャンルには「小規模の秘密の集団が、戦争の開始といった世界の重要な意思決定の責任を担っている」という事例があります。また③の「地球外生命体の隠ぺい工作」のジャンルには、「秘密組織が地球外生命体とコンタクトをとっているが、その事実は大衆には伏せられている」、④の「個人の健康」のジャンルには「ある種の病原体や病気の感染拡大は、ある組織による慎重かつ秘匿された活動の結果である」、さらに⑤の「情報の管理」には「科学者の集団が、大衆を欺くために証拠を操作、ねつ造、または隠蔽している」といった陰謀論が記されています。

 この15項目の陰謀論が書かれたGCBSの一覧表を世論調査などのアンケートとともに配布して、それを信じるか信じないかの回答をしてもらいます。「信じる」という回答が多い人ほど、その調査の対象に影響を与えるという結果が得られることになります。

 このGCBSを使った測定方法は現在広く活用されていますが、私はこの方法には欠点があると思っています。なぜならGCBSに記されている陰謀論は、陰謀論の研究が盛んな欧米の学者によって作られたものなので、その内容に欧米人の思考や行動のバイアスがかかっているからです。例えば③の「地球外生命体の隠ぺい工作」という陰謀論のジャンルは、文化や生活習慣などが大きく異なるアメリカ人と日本人とでは回答の結果が当然ですが異なってくるのです。

 GCBSに変わる新しい測定ツールの開発

 そこで私は次のような測定ツールを考えました(図2)。横軸を「陰謀論と自身との距離感」として、右方ほど「近い(身近な)」もの、左方ほど「遠い」ものとし、縦軸を「陰謀論の感じ方」として、上方ほど「脅威」を、下方ほど「好奇心」を感じているとします。調査に使用する陰謀論はGCBSのように決まった15項目ではなく、調査内容に合わせた陰謀論を選んで質問します。そしてその陰謀論が回答者にとってどこに該当するかを見るのです。例えば「ダイアナ妃の事故死は政府の隠ぺい工作である」という陰謀論があったとき、かつてイギリスで仕事をしていたアイルランド人の私にとっては、わりと「近い(身近)」で、「脅威ではなく好奇心」だと感じていたので、右下に該当することになります。一方、多くの日本人にとっては「遠い(疎遠)」ことで「脅威ではなく好奇心」だと感じている、と考えられるので、左下に該当します。

図2.横軸は「陰謀論と自身との距離感」、縦軸は「陰謀論の感じ方」。右の方ほど「より近い(身近)」で上の方ほど「より脅威」としている。回答者によって該当する位置が変わるが上記は一例を表している。

 この方法を使えば、同じ質問でも回答者によって該当する位置が変わるので、より正確な結果が得られます。よって国や地域ごとに最適な陰謀論を選んで、調査に組み込めるのではないかと考えています。しかし、まだこの図をどのように測定に結び付けるかまでには至っていません。今後はまずこの測定法を完成させ、そして私の研究の本題である「陰謀論を信じること」と「投票などの政治行動」との間の因果関係を調べる研究に進んでいきたいと思っています。

References

  • Brotherton, R., French, C. C., & Pickering, A. D. (2013). Measuring Belief in Conspiracy Theories: The Generic Conspiracist Beliefs Scale. Frontiers in Psychology, 4. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2013.00279
  • Majima, Y., & Nakamura, H. (2020). Development of the Japanese Version of the Generic Conspiracist Beliefs Scale (GCBS-J). Japanese Psychological Research62(4), 254–267. https://doi.org/10.1111/jpr.12267

取材・構成:四十物景子 
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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