次世代多孔性炭素材料を合成する

有機金属構造体から次世代多孔性炭素材料を合成する方法論を確立

蓄電池や触媒のエネルギー貯蔵・変換への応用に期待

発表のポイント

大きな比表面積、優れた熱的および化学的安定性を有する有機金属構造体(MOF)は、電気伝導率が低いために、電気化学的な応用展開には不向きであった。
既存の多孔性炭素材料の合成法では、低コストと高生産性の実現は難しく、かつ、高度に制御された細孔構造や均一な粒子形態を達成することが困難だった。
今回、新たに確立したMOFの直接炭化法によって、蓄電池や触媒などへの応用範囲が広がることが期待される。

早稲田大学理工学術院の山内悠輔(やまうちゆうすけ)客員上級研究員(豪州クイーンズランド大学 教授/物質・材料研究機構 グループリーダー)と菅原義之(すがはらよしゆき)教授、及びJST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクト(早稲田大学、豪州クイーンズランド大学、物質・材料研究機構)のメンバーらは、有機金属構造体(通称、MOF)*1粒子を出発物質として用い、これを直接炭化*2することにより、均一な多孔性炭素粒子を高い生産性で合成する方法論(プロトコル)を確立しました。

MOFは、炭化中にMOFの有機ユニットの炭素原子が粒子内部で再配列し、元々存在する細孔骨格の影響により、高い表面積を有する多孔性炭素材料を合成できます。このプロトコルでは、炭化前の出発物質であるMOF粒子の内部をエッチングしたり、MOF粒子表面を別の組成のMOFで被覆したコアーシェル型MOF粒子を予め作製したりすることで、炭素中空粒子や炭化度が同一粒子内で異なる多孔性粒子などを自由に作り出すことができます。更には、MOF由来の炭素層の細孔と比較して、一回り大きな細孔径(5-10 nm程度)を有する炭素層を粒子表面に被覆させることもできるようになり、同一粒子内で大きさが異なる細孔を有する階層的な細孔空間を設計することもできます。

MOFは、自己組織化に基づく金属イオンと有機分子の間の配位結合によって形成される結晶性多孔質材料で、大きな比表面積、優れた熱的および化学的安定性を有しており、広い用途への応用に期待が寄せられています。しかしながら、有機部位が骨格中に存在するため、電気伝導率*3が低く、エネルギー貯蔵・変換、バイオセンサー、キャパシタなどの電気化学的な応用展開には不向きでした。本研究成果は、MOFの直接炭化法に関する全合成プロトコルを公開しており、高度な形態や細孔構造を制御することが可能となったことで、今後MOFの応用範囲を大幅に広げることが期待されます。

本成果は、英国科学誌『Nature Protocols』(論文名:MOF-derived nanoporous carbons with exotic nanoarchitectures)の電子版に2022年9月5日(月)16:00(BST英国夏時間)に掲載されました。

 

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

一般的に炭素は、熱的・化学的安定性が高く、軽量で、優れた導電性を備えているため、エネルギー・環境の分野において電極材料、触媒・触媒担体などへの応用が研究されています。現在注目を浴びているナノ炭素物質としては、カーボンナノチューブ(CNT)*4、フラーレン*5、およびグラフェン*6があり、それぞれの長所と短所があります。共通する短所としては、生産性が低いため製造コストが高くなってしまうことや、粒子の凝集などの構造的問題(特に、二次元物質であるグラフェンの場合)により露出表面積が大幅に減少してしまうことがあります。

表面積が大きい多孔性炭素材料を用いることは、細孔空間へアクセスする反応物や吸着物の量が大幅に増加し、炭素表面で行われる化学反応や吸着現象を飛躍的に向上させることにつながります。代表的な実用多孔性炭素材料としては、活性炭やカーボンブラックが知られていますが、これらの粒子形態の均一性は乏しく、細孔構造も無秩序であり、現在ボトムアップ的な化学合成法により形態と細孔構造を精密に制御することが求められています。これまで報告のある多孔性炭素材料合成法としては、鋳型法があります。ゼオライトやメソポーラスシリカといった非炭素系の多孔性材料の細孔内に炭素源を導入し、その後炭化し、元々の骨格を化学エッチングなどにより除去する方法で、多孔性炭素材料が合成できます。この得られた炭素材料の細孔構造は、元々の鋳型の細孔構造のレプリカになっていることも特徴の一つです。この鋳型法では、元々の鋳型の合成、炭素源の導入、炭化、鋳型の除去と多くの合成ステップが必要で、低コストかつ高生産性を持つ多孔性炭素材料の合成法の確立が求められていました。

(2)今回の研究で新たに試みたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

鋳型を用いない多孔性炭素材料の合成法として、MOF、共有結合性有機構造体(COF)*7、エアロゲル*8を直接炭化する方法論もありますが、これまでのプロトコルでは、高度に制御された細孔構造(細孔範囲の制限など)や均一な粒子形態を達成することが困難でした。本研究では、MOFを出発物質として利用し、それを直接炭化する新たな条件と手順を見いだし、形態と細孔構造が精密にデザインされた新しい多孔性炭素材料を合成するプロトコルを確立しました。具体的には、多孔性炭素材料を単純型、中空型、コア‐シェル型、ダブルシェル型に分類し、それぞれのタイプの炭素材料を合成するプラットホームを示しています(図1)。このプロトコルによる出発物質MOFに対する多孔性炭素材料の収率は30-40%程度です。また、合成された生成物は約90%以上の炭素原子に酸素原子や窒素原子などが含まれた炭素質であることが実験で確かめられています。

プロトコル(1)―単純型

亜鉛の塩と有機リンカー(2-メチルイミダゾール)溶液を混合して均一な溶液を調整し、代表的なMOFの一つであるZIF-8粒子を合成します。我々のプロトコルでは、この粒子径は、約50nmから4µmの間で幅広く制御できることも特徴です。直接炭化後も、ZIF-8に元々存在するナノ細孔を受け継ぎ、ミクロ細孔(2 nm以下)が豊富であり、1gあたり1000 m2を超える大きな表面積を持っています。2-メチルイミダゾール由来の窒素原子も炭素骨格中に導入できる点も特徴です。

 プロトコル(2)―中空型

上記で合成したZIF-8粒子にタンニン酸溶液を混ぜ、均一に撹拌します。タンニン酸は、ZIF-8の表面を効果的にコーティングおよび保護し、同時に、溶液の酸性度によりZIF-8粒子の内部を選択的にエッチングすることができます。結果として、ZIF-8粒子内部に中空構造が形成されます。これを直接炭化させることにより、中空構造を有した多孔性炭素材料の合成が可能となります。

プロトコル(3)―コア-シェル型

ZIF-8粒子を調整した後、コバルトの塩と有機リンカー(2-メチルイミダゾール)溶液を混合して均一な溶液を加えることで、ZIF-67の層をZIF-8の粒子表面に被覆することができます。ZIF-67は、金属サイトの元素は異なるものの、ZIF-8と同じ結晶構造を有しているため、ZIF-8粒子(コア)の結晶方位を維持したままエピタキシャルに成長します。また、コバルトは、炭素原子の黒鉛化の触媒としても機能するため、シェル部のZIF-67層では、直接炭化中に黒鉛化が進み、粒子全体的の導電性が向上します。

プロトコル(4)―ダブルシェル型

両親媒性分子であるブロックコポリマーを用いて、溶液中にミセルを形成させ、そのミセル表面上にドーパミン分子を吸着させます。このミセル溶液とZIF-8粒子を混合し、溶液のpHを変えることで、ZIF-8粒子表面にミセルを集積させ、同時にミセル上でドーパミン分子を重合することで、メソ構造を有するポリドーパミンシェルを形成させます。このコア‐シェル粒子を直接炭化することにより、メソ領域の細孔を有するシェルを形成させ、そのシェル内部にはもう一つのミクロ細孔を有するシェルからなる中空粒子が形成します。

(3)研究の波及効果や社会的影響

MOFの研究論文は、現在年間で数千報が発表されています。今までのMOFの研究は、有機リンカーの分子構造や金属塩を変えるなどして、MOFそのものの結晶構造、形態を制御するものがほとんどでした。応用範囲としても、ガス吸着や分離といった分野が主でした。電気化学的な応用に展開されている例はありますが、長時間の反応でMOFの構造そのものが崩壊してしまう例が多く見られます。本研究グループは、このMOFの多孔性は活かし、更なる形態と細孔構造の高次元制御を達成したいという目的で、MOFの欠点である低い化学的安定性、低い電気導電性といった点を克服しうる方法論を導き出しました。

 (4)今後の展望

出発物質であるMOFを細工し、直接炭化という方法で今までにない多孔性炭素材料に転換することは、学術的にも産業的にも意味があることです。多孔性炭素材料の高い比表面積や高い導電性は、電気化学的反応サイトを劇的に増加させ、内部抵抗を低減することから蓄電池への応用を考えた場合には、エネルギー密度や出力密度の改善に繋がります。また、触媒としての応用を考えた場合にも、細孔空間に露出している多くの活性サイトが反応を促進させ、特に、ダブルシェル型の多孔性炭素材料は、ガスや液体などの優れた物質輸送性の改善が期待されます。今後、本物質系の社会実装を目指し、産学官連携で実デバイスへの適用を視野に研究を進めていく必要があると考えています。

(5)研究者のコメント

我々のJST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクト*9には、専門分野が異なる無機化学やセラミックス化学の専門家が多くいます。溶液中での無機化学反応を更に精密に制御することで、出発物質であるMOFの形態や構造を高度に制御することもできます。また、炭化プロセスの雰囲気や前駆体の骨格組成を変えることにより、炭素骨格中のドーピング(窒素、リン、硫化物など)にも今後挑戦し、更に新しい機能と特徴を出していきたいと思っております。

(6)用語解説

*1: 有機金属構造体(通称、MOF)

有機分子と金属イオンを反応させることで合成される多孔性結晶物であり、それらのナノ空間中に、イオンや分子を取り込むことができる。ガスの貯蔵・分離、液体分離・精製などの分野で応用展開が期待されている。

*2: 炭化

加熱によって有機物質が分解し、炭素からなる炭素質材料になるプロセスのこと。

*3: 電気伝導率

物質中での電気伝導の程度を表す物性量であり、導電率とも呼ばれている。

*4: カーボンナノチューブ(CNT)

炭素(C)のみからなる直径がナノメートルサイズの円筒(チューブ)状の物質。単層、二層、多層カーボンナノチューブなどが知られている。

*5: フラーレン

炭素(C)のみからなり、サッカーボール状の構造を有している。炭素同素体として知られている。

*6: グラフェン

炭素原子(C)のみから構成されている二次元シート状の物質で、炭素原子が互いに結合することで六角形のハニカム構造をつくり、それが平面上に広がった構造を持っている。

*7: 共有結合性有機構造体(COF)

軽元素の共有結合によってなるナノレベルの周期性を持つ多孔性有機物質の総称である。

*8: エアロゲル

とても軽く、断熱性の高い多孔性固体物質のことで、構造中の90%以上が空気で構成されている。

*9: JST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクト

ERATOは、1981年に発足した創造科学技術推進事業を前身とする歴史あるプログラムです。既存の研究分野を超えた分野融合や新しいアプローチによって挑戦的な基礎研究を推進することで、今後の科学技術イノベーションの創出を先導する新しい科学技術の潮流の形成を促進し、戦略目標の達成に資することを目的としています。JST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクトは、2020年10月に採択され、2026年3月まで続く予定です。

(7)論文情報

雑誌名:Nature Protocols
論文名:MOF-derived nanoporous carbons with exotic nanoarchitectures
執筆者名(所属機関名):Minjun Kim*a、Ruijing Xin*a、Jacob Earnshaw*a、Jing Tang*b、 Jonathan P. Hill*c、Aditya Ashok*a、Ashok Kumar Nanjundan*a、Jeonghun Kim*a、Christine Young*bYoshiyuki Sugahara*b、Jongbeom Na*a、Yusuke Yamauchi*b、*a、*c
*a…豪州クイーンズランド大学、*b…早稲田大学、*c…物質・材料研究機構
掲載予定日時(現地時間):2022年9月5日(月)16:00(BST英国夏時間)
掲載予定日時(日本時間):2022年9月6日(火)0:00(JST日本標準時)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41596-022-00718-2
DOI:https://doi.org/10.1038/s41596-022-00718-2

(8)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型(ERATO)
研究課題名:JST-ERATO物質空間テクトニクス
研究総括名:山内悠輔(早稲田大学、豪州クイーンズランド大学、物質・材料研究機構)
プロジェクトマネージャー:菅原義之(早稲田大学)朝日透(早稲田大学)

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