「働かないものに存在意義があるのか?」への超納得の回答――進化生物学者が教えてくれること

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コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚きの生態を、進化生物 学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく語った名著『働かないアリに意義がある』がヤマケイ文庫で復刊! 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力 、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――面白く、味わい深い「ムシの生きざま」を紹介する。

みんなが疲れると社会は続かない

植物と違って、目に見えるような速さで動く動物はそもそも、動作の際に筋繊維を伸び縮みさせて動いています。筋繊維が収縮するときに出る乳酸という物質が分解されるには時間がかかるため、すべての動物は動き続けると乳酸が溜まり、だんだん疲れていきます。

急な運動をすると筋肉痛になりませんか? そう、筋肉痛というやつは、溜まった乳酸が分解されるときに生じる中間物質が発生させるといわれています。

年をとると筋肉痛を感じるタイミングが遅くなるのは、代謝が低くなり乳酸が分解されて疲労が回復するスピードが落ちるからでしょう。

つまり動物は動くと必ず疲れるし、疲れを回復させるには一定期間、休息をとらなければならないのです。これは動物が筋肉で動いている限り、逃れることのできない宿命です。

昆虫も筋肉で動いていますから、当然この宿命からは逃れられません。昆虫も疲れるはずです。実際、ハチを無理矢理羽ばたかせて、羽ばたきの時間と筋肉中の乳酸量の関係を見ると、たくさん羽ばたかせるほど乳酸量が増えていくことがわかっています。

疲れれば正確に動くことができなくなりますから、仕事の処理能力もだんだん落ちていくでしょう。

しかし、アリやハチで分業や反応閾値(仕事に対する反応性の違い)の問題を考えた研究は多いのですが、不思議なことに、動物の宿命である疲労が分業や労働パターンに与える影響を考えた研究は、いままでありませんでした。きっと機械のように動くムシたちも疲れるなど、想像できなかったのではないでしょうか。

私たちは個体の疲労とコロニー維持の関係に注目した実験をしました。するとそこでも反応閾値の差が、コロニーの繁栄を支えていることがわかったのです。

ムシも疲れるとなると、様々な仕事をこなさなければならないコロニーは、メンバーをどのように働かせるべきなのか?

私たちは、コロニーメンバーの反応閾値がみな同じで、刺激(仕事)があれば全個体がいっせいに働いてしまうシステムと、実際のアリやハチの社会のように反応閾値が個体ごとに異なっていて、働かない個体が必ず出てくるシステムの双方で、疲労のあるときとないときの労働効率を比較してみました。さらにそれぞれの状況で、コロニーの存続時間を比較するのです。

こうしたことは現実のムシでは調べられないため、コンピュータのなかに仮想の人工生命をプログラムしたシミュレーションによって調べます。その結果、予想どおり、疲労の重さに関係なく全員がいっせいに働くシステムのほうが単位時間あたりに処理できる仕事量は常に大きいことが示されました。

より多くの個体が働くのですから当然ですね。つまり、やはりみんながいっせいに働くほうが常に労働効率はいいのです。

しかし、しかしです。仕事が一定期間以上処理されない場合はコロニーが死滅する、という条件を加えて実験をすると、なんと、働かないものがいるシステムを持つほうが、コロニーは平均して長い時間存続することがわかったのです。

卵の世話などは短い時間でも行わないでいるとコロニー全体に大きなダメージを与える仕事ですから、この仮定はそれほど無理のあるものではありません。

なぜそうなるのか? 働いていたものが疲労して働けなくなると、仕事が処理されずに残るため労働刺激が大きくなり、いままで「働けなかった」個体がいるコロニー、つまり反応閾値が異なるシステムがある場合は、それらが働きだします。

それらが疲れてくると、今度は休息していた個体が回復して働きだします。こうして、いつも誰かが働き続け、コロニーのなかの労働力がゼロになることがありません。

一方、みながいっせいに働くシステムは、同じくらい働いて同時に全員が疲れてしまい、誰も働けなくなる時間がどうしても生じてしまいます。卵の世話などのように、短い時間であっても中断するとコロニーに致命的なダメージを与える仕事が存在する以上、誰も働けなくなる時間が生じると、コロニーは長期間は存続できなくなってしまうのです。

つまり誰もが必ず疲れる以上、働かないものを常に含む非効率的なシステムでこそ、長期的な存続が可能になり、長い時間を通してみたらそういうシステムが選ばれていた、ということになります。

働かない働きアリは、怠けてコロニーの効率をさげる存在ではなく、それがいないとコロニーが存続できない、きわめて重要な存在だといえるのです。

重要なのは、ここでいう働かないアリとは、社会の利益にただ乗りし、自分の利益だけを追求する裏切り者ではなく、「働きたいのに働けない」存在であるということです。

本当は有能なのに先を越されてしまうため活躍できない、そんな不器用な人間が世界消滅の危機を救う―とはなんだかありがちなアニメのストーリーのようですが、シミュレーションはそういう結果を示しており、私たちはこれが「働かない働きアリ」が存在する理由だと考えています。

働かないものにも、存在意義はちゃんとあるのです。

※本記事は『働かないアリに意義がある』を一部掲載したものです。

 

『働かないアリに意義がある』

今の時代に1番読みたい科学書! 復刊文庫化。アリの驚くべき生態を、進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。


『働かないアリに意義がある』
著: 長谷川 英祐
発売日:2021年8月30日
価格:935円(税込)

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【著者略歴】
長谷川 英祐(はせがわ・えいすけ)

進化生物学者。北海道大学大学院農学研究員准教授。動物生態学研究室所属。1961年生まれ。
大学時代から社会性昆虫を研究。卒業後、民間企業に5年間勤務したのち、東京都立大学大学院で生態学を学ぶ。
主な研究分野は社会性の進化や、集団を作る動物の行動など。
特に、働かないハタラキアリの研究は大きく注目を集めている。
『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書)は20万部超のベストセラーとなった。

働かないアリに意義がある

アリの巣を観察すると、いつも働いているアリがいる一方で、ほとんど働かないアリもいる。 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――。 コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚くべき生態を、 進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。

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