夏山を安全に登山を楽しむために伝えたい「7つのお願い 」 島崎三歩の「山岳通信」 第305号

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長野県が県内で起きた山岳遭難事例について配信している「島崎三歩の山岳通信」。2023年7月14日に配信された第305号では、熱中症や疲労による遭難が多発する時期となっていることを説明。事前の体調管理や早出・早着など、基本的な対策方法について改めて伝えている。

 

7月14日に配信された『島崎三歩の「山岳通信」』第305号では、期間中に起きた7件の山岳遭難事例について説明。以下に抜粋・掲載する。

 

  • 6月29日、大町市の鍬ノ峰で、2人パーティで入山した74歳の女性が、山頂から白沢登山口に向けて下山中に滑落して負傷する山岳遭難が発生、大町警察署山岳遭難救助隊員などが出動して県警ヘリで女性を救助した。

  • 7月3日、苗場山で、6人パーティで入山した65歳の女性が、下水内郡の小赤沢登山口から苗場山に向けて登山中にスリップし転倒・負傷する山岳遭難が発生。飯山警察署員、岳北消防署員、志賀高原地区山岳遭難防止対策協会栄班が出動して女性を救助した。

  • 7月3日、八ヶ岳連峰の西岳で、3人パーティで入山した85歳の男性が、山頂から富士見高原に向けて下山中、発病して行動不能となる山岳遭難が発生。県警ヘリが出動して男性を救助した。

八ヶ岳連峰・西岳での遭難現場の様子/長野県警察本部 ホームページ 山岳遭難発生状況(週報)7月10日付

  • 7月3日、北アルプスの間ノ岳で、4人パーティで入山した58歳の女性が、西穂高岳から奥穂高岳に向けて縦走中に落石を受けて負傷する山岳遭難が発生。県警ヘリが出動して女性を救助した。

北アルプス・間ノ岳での遭難現場の様子/長野県警察本部 ホームページ 山岳遭難発生状況(週報)7月10日付

  • 7月3日、北アルプスの白馬岳で、単独で入山した27歳の男性が、白馬岳白馬大雪渓を登山中、疲労のため行動不能となる山岳遭難が発生。4日に長野県消防防災ヘリが出動して男性を救助した。

北アルプス・白馬岳での遭難現場の様子/長野県警察本部 ホームページ 山岳遭難発生状況(週報)7月10日付

  • 7月7日、苗場山で、6人パーティで入山した74歳の女性が、山頂に向け登山中に登山道上で転倒して負傷する山岳遭難が発生。県警ヘリが出動して女性を救助した。

  • 7月8日、北アルプスの槍ヶ岳で、16人パーティで入山した74歳の男性が、槍ヶ岳から上高地に向けて下山中にスリップし転倒して負傷する山岳遭難が発生。長野県警山岳遭難救助隊が出動して男性を救助した。

 

長野県警山岳安全対策課からのワンポイントアドバイス

7月1週は、1件の遭難が発生しました。滑落による遭難は、下山時に多く発生しています。下山時は、疲労の蓄積や長時間の行動による集中力の低下により、ちょっとした段差や岩につまずいたり、砂地やぬれた岩や木の根に乗ってスリップするなど、特に注意が必要です。

7月2週は、6件の遭難が発生しました。うち2件は、苗場山で発生しています。苗場山は、日本百名山に選ばれており人気の高い山ですが、多くの登山者が利用する長野県側の小赤沢コースの登山道上にはくさり場や急な登りがあるなど、十分な注意が必要です。槍ヶ岳での遭難では、降雨の中、下山していたところ、濡れた岩の上でスリップして転倒したものです。
雨の日の行動は、晴天時よりも遭難のリスクが高く、足下への注意や寒さ対策など、様々なことに注意しなければなりません。いつも以上に体力を消耗しやすいので、雨天時は慎重な行動が必要です。

県内では、ジメジメとした暑さが続いており、夏山シーズンは、熱中症や疲労による遭難が多発します。疲労や熱中症による遭難対策には、事前の体調管理と登山前の十分な水分・エネルギー補給、そして登山中のこまめな水分・エネルギー補給で防ぐことができます。

登山を計画されている方は、余裕を持った登山計画を立て、「早出・早着」を心掛け、無事に帰宅するまでが登山であることを忘れずに慎重な行動をお願いします。
 

LINEで登山相談開設中

長野県山岳総合センターでは主に登山初心者を対象とした「夏山登山相談所」を7月31日まで開設中です。利用方法はLINEの公式アカウント(ID:967quiqr)を友達に追加し、相談内容をチャットで送信するだけ。

同センタースタッフとの1対1のやりとりなので、第三者に見られることなく気軽に相談できるのもメリットとなっています。

 

救助隊長からの「7つのお願い」

長野県警察山岳遭難救助隊長 岸本俊朗

夏山期間中は、毎年県内外から多くの登山者が北アルプス等の県内の高山に訪れます。その一方で滑落や疲労、道迷いなどによる山岳遭難も多発し、昨年 令和4年 は 、 7 月 ・ 8 月の2 か 月間で 100 件の遭難が発生し、死者 ・ 行方不明者7人を含む 110 人が遭難しています。

遭難した方の多くが「まさか自分が遭難するとは・・・」と口にします。この事実から言えることは 、 「遭難は自分には関係ない  」こう思った時点で既に危険な領域に足を踏み入れているということです。

「自分も遭難するかもしれない」「山は油断すると痛い目に遭う 」、このような意識を持つだけで事前の準備や心構えも自然と変わってくるはずです。

この夏に信州で登山を予定されている方は、どうか 遭難を他人事とは思わず、十分な事前準備とゆとりのある行程を心掛け安全第一で登山を楽しんでいただきたいと思います。夏山シーズンを前に信州で登山を予定されている皆さん が 、安全に登山を楽しんでいただくためにお伝えしたいことを「7つのお願い 」にまとめましたので 、御一読ください。

1.登る山の下調べ

「こんなにキツいとは思わなかった・・・」「岩場が思った以上に怖かった・・・」、パトロールなどでお話を聞くと、このような声を耳にします。中には 、疲労困憊のため行動不能になり救助された方もいます。多くのケースで言えるのが 、自分の力量とコースのミスマッチです。

最近は、通常1泊2日のコースを日帰りで登る方が増え、 健脚な登山記録をインターネットの登山コミュニティサイトなどでも目にしますが、 そのような主観的な個人の記録を鵜呑みにして「自分も同じように登れる」と考えるのは、大変危険です。客観的な物差しで自分の力量を見極めることが大切です。

具体的には 、事前に距離や標高差、標準的なコースタイム、危険箇所などについてしっかりと下調べを行い 、自分が今まで登ったことのある山と比較をしたり、長野県が公開している「信州山のグレーディング」などを活用して、自分の実力に見合った山選びを心掛けましょう。

2.登山 計画書の作成提出・共有

従来の紙ベースの計画書に加え、「コンパス」や「YAMAP」などWEB形式で登山計画書が提出できるようになり、「登山をする場合は、登山計画書を作成して提出する」という意識が根付いている印象を受けます。ここで救助機関としてもう一つお願いしたいのが 、 作成した計画書の「共有」です。

警察で「家族や友人が登山に行ったまま帰ってこない」という通報を受理することがありますが、通報者に行き先などを確認しようとすると「詳しい行程は知らない」というケースが往々にしてあります。これでは遭難救助の初動対応に大きな遅れが生じてしまいます。このような理由から、作成した計画書は 、帰りを待つ家族や友人との 共有をお願いします。

また、最近はSNSなどで知り合った方が一緒に登山をするケースも見られますが 、そのようなパーティが遭難
した際に 、同行者に遭難者の氏名や緊急連絡先を確認すると「詳しいことはわからない」ということがあります。生命に関わる 重篤な怪我を負えば、警察から一刻も早く御家族に連絡を 取ら なければならない場合もあります。

一緒に登山をする以上、緊急事態がいつ発生するかわかりません。最低限お互いの氏名や緊急連絡先は、共有しておきましょう。

3.体調管理 と運動の習慣化

北アルプスなど高山の登山は、かなりの体力を消耗します。コースによってはフルマラソンに匹敵するほどの運動量になります。このようなコースを余裕を持って安全にこなすためには、相応の体力が必要です。日頃から負荷のある運動を習慣化し 、体力を鍛え、万全の体調で臨 んでください 。

また、登山に支障のある 持病をお持ちの方は 、自己判断せずに必ず医師の診断を受けてから入山をお願いします。

4.靴や道具の点検、アクシデントに対する備え

夏山でよく見掛ける のが登山靴のソール(靴底)のはく離です。過去には岩稜帯でソールがはく離したため行動不能になり 、 救助された方もいます。入山前に点検をお願いします。不安があれば専門店に相談しましょう。

また、 雨具、ライト、携帯電話(予備バッテリー)、ビバーク装備、非常食などアクシデントに備えた装備品は必ず携行しましょう。

5.気象情報の確認

天気は 、登山の安全を左右する大きな要素の一つです。気象情報に「低気圧や前線の通過」などの用語があれば 山の 天気は 、「大荒れ」になります。このような気象条件の中、行動を強行すれば夏でも深刻な低体温症に陥るおそれがあります 。必ず気象情報を確認しましょう。

また、夏は雷にも警戒が必要です。稜線で雷雲に捕まると逃げ場がありません。積乱雲の発達には、十分注意を払いましょう! 午後の遅い時間の行動は、雷に遭遇するリスクが高まります。そのような意味でも早朝から午前中の涼しい時間帯に行動し、午後は早い時間帯に行動を終える「早出早着 (はやではやちゃく )」の実践を心掛けましょう。

6.行動中のこまめなエネルギーと水分摂取

登山は 、 多くのカロリーと水分を消費します。行動中は、50~60分ごとに10~15分程度休憩を挟み、休憩の時にこまめにエネルギーと水分補給を行い 、 疲労や脱水による行動不能を防ぎましょう。 行動中の必要量は 、

「体重(荷物を含む)×行動時間×5」 

を目安にすると良いでしょう。体重 と荷物を合わせて60㎏の人が5時間、行動する予定であれば、「60×5×5= 1500 」で、1500キロカロリーの行動食と、1500mlの水分が必要になります。行動中は必要量の7~8割の摂取を心掛けましょう。

なお、起床後、 登山口から歩き始めるまでの間にスポーツドリンク を500ml程度、摂取することで脱水予防に効果がありますのでお試しください 。

7.滑落や転倒は気の緩みから

滑落や転倒の多くは 、 危険な岩場などではなく、通常の登山道で発生しています。鎖やはしごが設置されている場所は「難所」として危険性を具体的にイメージしやすく注意が働きますが、鎖やはしごがなくても「転べば致命的」な場所は数多くあります。

登山中はそのような隠れた危険を察知し、仲間がいれば声を掛けて注意を促し、足の運び方など に集中するなど慎重な行動を心掛けましょう。頭部を保護し、 致命傷を避けるためにもヘルメットの着用もお忘れなく。

 

登山の鉄則はなんと言っても「無事、家に帰ること」です。皆さんが安全に長野県の山を楽しみ、素敵な思い出 と共に「 無事 、 家に帰る 」ことを心から願っています。

プロフィール

島崎三歩の「山岳通信」

信州の山岳遭難現場と全国の登山者をつなぐために発行。「登山用品店舗スタッフ」「登山情報サイトを利用する登山者」「長野県内の各地区山岳遭難防止対策協会」などに対して、長野県の山岳地域で発生した遭難事例を原則・1週間ごとに、「安全登山」のための情報提供をしている。

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島崎三歩の「山岳通信」

長野県では、県内の山岳地域で発生した遭難事例をお伝えする「島崎三歩の山岳通信」を週刊で配信。その内容をダイジェストで紹介する。

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