「財源なき分配」が高める物価上昇のリスク

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

経済部デスク 五十棲忠史

 「上がらない」と言われてきた日本の物価が、上昇に転じる可能性が出てきた。

活動休止すると世界が困る「7人組」グループとは

 日本の物価上昇率は、長く横ばいを続けてきた。日本銀行は2013年、消費者物価指数を2%まで高めることを目指して大規模な金融緩和を始めたが、8年以上が過ぎた今でも目標には届いていない。

 だが、ここに来て状況が変わりつつある。

企業同士の取引価格は6.3%増

 足元の消費者物価指数の上昇率は、前年同月比0.2%(2021年9月)にとどまっているが、会社同士が取引する際の値動きを示す企業物価指数の上昇率は、6.3%にまで上昇している。約13年ぶりの水準だ。特に、海外からの輸入品の上昇率は約30%と高い。企業のコスト削減努力だけで吸収できるレベルではなくなっている。

 実際、ガソリン価格は上昇を続け、小麦やマヨネーズ、コーヒーなど幅広い品目で値上げの発表が相次いでいる。遠からず、消費者物価指数に反映されるだろう。

ガソリン価格は上昇を続け、値上げも幅広い品目で起きている
ガソリン価格は上昇を続け、値上げも幅広い品目で起きている

 企業物価が上昇しているにもかかわらず、消費者物価の上昇率が低く抑えられているのは、菅内閣の置き土産である携帯電話の通信料引き下げが寄与しているとの見方が根強い。民間エコノミストの間では「携帯通信料引き下げの効果がなくなる2022年4~6月期に、一気に伸びが加速する」(SMBC日興証券の宮前耕也氏)との見方が強まっている。

複合的な要因

 企業物価は、複合的な要因によって上昇に勢いが出ている。

 まず、原油や小麦など一次産品の価格が上昇傾向にある。日米欧の中央銀行が大規模な金融緩和を続けてきたことによって市場にあふれたお金が、商品市場にも流れ込んでいる。

 原油は、新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着き、物流やレジャー需要が回復に向かう中でも、石油輸出国機構(OPEC)が減産を続けていることから、高値が続いている。脱炭素の流れが強まり、原油生産への投資が細るとの見方も、価格を下支えしている。小麦は、中国の旺盛な需要に、産地での天候不順も重なって高値となっている。

 ここまでは世界共通の現象だが、ここに日本独自の事情も加わっている。外国為替市場で円安・外貨高が進んでいることで、輸入品の価格が上がっているのだ。

 米国の中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)や、英国の中央銀行にあたるイングランド銀行が金融緩和政策からの脱却を強く示唆していることで、米ドルや英ポンドなどが買われている。カナダやニュージーランドは、政策金利の引き上げに着手した。対ドルでは10月、約3年ぶりの円安水準となる1ドル=114円台を付けた。

 円安は、輸出企業にとっては追い風になるが、輸入する立場から見れば、逆風になる。

 1バレル=100ドルの原油を輸入する場合、1ドル=100円であれば、1万円を支払えば良い。だが、円安が進んで1ドル=120円になった場合、1万2000円を支払わなければならない。ドル建てで示されることの多い世界市場での価格が上がっていなくても、円安・ドル高が進むだけで、海外から調達するモノやサービスの価格は簡単に跳ね上がってしまう。

 FRBなど海外の中央銀行は、金融緩和からの出口を模索しているが、日銀はまだ動く気配を見せていない。金利差が広がり、円安傾向は長期化する可能性がある。

「財源なき分配」に懸念も

 市場では今、「円安が止められない」事態に発展することへの警戒感が出始めている。

衆院選の開票作業。選挙期間中は与野党ともに「分配」を強調した(10月31日午後8時58分、東京都新宿区で)
衆院選の開票作業。選挙期間中は与野党ともに「分配」を強調した(10月31日午後8時58分、東京都新宿区で)

 10月31日に投開票された衆議院選挙で、与野党ともに「分配」を強調した。新型コロナウイルスの感染拡大で困窮している人たちに手を差し伸べる政策は必要だが、財源をどう確保するかの議論は深まらなかった。選挙前には、財務省の矢野康治次官が月刊誌に、衆院選を巡る各党の論争を「バラマキ合戦だ」と寄稿すると、与党幹部らが強く反発する場面もあった。

 確かに、日本の財政は、すぐに行き詰まる状況にはない。だが、財源が無限にあるわけではない。財政健全化への取り組みがいっこうに進展せず、財政運営の先行きに懸念が生じれば、日本の通貨である「円」への信頼度が下がり、円安・外貨高が止まらなくなる可能性がある。

 財政運営を国債発行に頼らざるを得ない日本は、金利を引き上げて円安を止めようとすると、利払い費が増えて財政を圧迫するため、簡単には利上げできないという事情もある。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「円安を止められないという時代が、思ったよりも早期に訪れるかもしれない」と指摘する。

 通貨安が止まらなければ、資源を輸入に頼る日本では、物価上昇も止められない懸念がある。日本経済は今、重大な岐路に立たされている気がしてならない。

 読売新聞経済面の連載をまとめた「 インサイド財務省 」が、中央公論新社から発売されました。224ページで、価格は1650円(税込み)。全国の書店やインターネット通販でお求めになれます。

プロフィル
五十棲 忠史( いそずみ・ただし
 経済部次長。1997年入社。北海道支社、地方部、経済部、ロンドン支局、中部支社などを経て、2020年7月から現職。

スクラップは会員限定です

使い方
「Webコラム」の最新記事一覧
記事に関する報告
2490386 0 デスクの目~経済部 2021/11/03 15:00:00 2023/02/02 15:43:23 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/11/20211101-OYT8I50076-T.jpg?type=thumbnail

主要ニュース

セレクション

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)