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<STORY1>
ありとあらゆる場面、自在に演じわけ…映画「すばらしき世界」
「映画の神様が送ってくれた天使のようだと、私たち全員が思ってました」
1月28日、東京・丸の内の日本外国特派員会で行われた、映画「すばらしき世界」(11日公開)の西川美和監督の記者会見。主人公の三上正夫を演じた役所広司について、西川監督は声を弾ませて語った。
「カメラの前に立つと、三上正夫がいるという感じです。自分が書いたセリフだということも忘れて、役所さんの言葉に胸を打たれるようなカットがいくつもありました」
コミカルなシーンも暴力的なシーンも静かなシーンも――。「ありとあらゆることを自由自在に演じわける。日本の俳優の最高峰だなということを、しみじみ感じました」と続けると、司会者がすかさず付け加えた。
「日本に限らず、すべての役者の最高峰でいらっしゃいます」
異論のある人はいないだろう。
「共感してくれるか不安」
役所が演じる三上は、人生の大半を刑務所で過ごしてきた男。殺人を犯し、長い刑期を終えて出所、今度こそは堅気になると誓うが、社会から排除されていく。原案は佐木隆三のノンフィクション小説「身分帳」。オリジナル脚本で映画を撮ってきた西川監督が、初めて原作のある企画に挑んだ。
キレると手がつけられないものの、人懐こく、困っている人がいたら放っておけない優しさもある。三上は愛すべき男ではあるが、原案の小説を読んだ時、「この人物を映画にした時、お客さんがちゃんと共感してついてきてくれるだろうかっていう不安はありました」と役所は打ち明ける。
撮影が始まってからしばらくは、「西川監督も『ちょっと探っているんです』っていうことで、いろんなパターンをやりました。出来上がりを見た時、この物語と三上という男に対する、監督の愛情の深さを感じましたね」。
三上を温かく迎える身元引受人の弁護士(橋爪功)、好奇心で近づくテレビマン(仲野太賀)、疑惑の目を向けるスーパーの店長(六角精児)ら、三上と接する人々も様々だ。原案の小説と同じ「身分帳」という仮のタイトルで撮影が始まったが、撮影中に「すばらしき世界」に決まったという。
「いい人もいるし悪い人もいる、いいこともあるけど悪いこともある。でも、人との出会いがある。それをいい世界だと思うか、もっとすばらしい世界にしなきゃと思うか。(演じながら)そんなことを考えていましたねえ」
もの作りの仲間として認めてもらう大切さ
「Shall we ダンス?」「うなぎ」など代表作を挙げればキリがなく、近年は、「陸王」「いだてん~東京オリムピック
スランプとは無縁のキャリアに思えるが、「いやあ、毎回それなりに落ち込んでますよ。完成した作品を見て、『もっとうまくなりたい』『次やるとちょっとうまくなるかもしれない』って。だから続けてこられた感じがします」
どうやったら役所広司みたいになれるのか――。当の本人に聞くべき質問ではなかったが、日本を代表する俳優は、「どうしゃべったら嫌らしくないかなあ」と苦笑しつつ、「遅ればせながら気付いたこと」を語り始めた。
2009年公開の映画「ガマの油」で初めて監督に挑戦した時のこと。脚本を作り、ロケ場所を探し……。撮影期間より長い時間をかけ、スタッフは準備をする。俳優が現場に呼ばれるのは、最後の最後だ。
「『どんな芝居をしてくれるんだろう』と、スタッフみんなが期待していることを実感しました。いいかげんな気持ちでカメラの前に立っちゃいけないなと思いましたね」
撮影が終わってからは、ポスト・プロダクションと呼ばれる作業で、音や色を細かく調節。自身の、いわく「下手な芝居」が、スタッフにどれだけ助けられていたかに気付かされた。
「いろいろな個人賞をもらいましたけど、作品のおかげ。みんなの代表だなと思いますよね。若い人はそういうのを『古くさい』って思うかもしれないけど、いい芝居をすることよりも、一緒にものを作る仲間として、認めてもらうことの方が大切な気がしますね」
■役所広司(やくしょ・こうじ)のあゆみ
1956年1月1日生まれ、長崎県諫早市出身
78年 仲代達矢主宰の「無名塾」入塾
83年 NHK大河ドラマ「徳川家康」の織田信長役で脚光を浴びる
96年 「Shall we ダンス?」などに出演。数々の主演男優賞に輝く
97年 主演映画「うなぎ」が、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞
2021年 映画「すばらしき世界」公開。「峠 最後のサムライ」は夏公開予定。
文・田中誠
写真・米田育広