映画館で映画を見る喜びを伝え続けるために老舗名画座「新文芸坐」が変えたこと、変えなかったこと

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 新型コロナウイルス感染拡大や映画配信サービスの隆盛などで映画館を取り巻く環境は厳しくなっている。そんな中、東京・池袋の名画座「 新文芸坐(しんぶんげいざ) 」が、映写・音響設備や鑑賞システムを一新して4月15日に改装オープンした。より充実した劇場体験を通して映画ファンの裾野を広げ、現状打開をはかる。「攻め」の一手を打つに至った理由を取材した。(編集委員 恩田泰子)

改装後の新文芸坐劇場内(264席)
改装後の新文芸坐劇場内(264席)

ぞうきんを絞る気持ちで節約を重ねてきたが…

 新文芸坐は、前身の文芸坐(1956~97年)の時代から数えれば、60年以上の歴史を持つ。2作品をセットで楽しめる「2本立て」興行、新旧の名作・話題作を集めた多彩なプログラムで映画ファンに愛されてきたが、時代とともに観客の動向が変化。近年は、2本立てという上映形態を知らない人も増えてきたといい、観客の裾野を広げることが大きな課題となっていた。

ビル1階の入り口
ビル1階の入り口

 この5年ほどは、「ちらしを削減するなど、お客様には気づかれないレベルで、ぞうきんを絞る気持ちで節約に節約を重ねてなんとかやってきたのが現状」と支配人の高原安未さん(37)。今、大規模刷新に踏み切った理由については、こう語る。「コロナの影響もあって、小さな劇場がどんどんクローズしてしまう中で、今までと同じことだけ続けていても、衰退あるのみ。名画座が一つも二つも脱皮したような状態を、この新文芸坐から発信することで、そういった業界も 牽引(けんいん) していきたいという思いでリニューアルさせていただいた」

1階から3階の劇場に上がるエレベーター横には案内用のモニターを設置
1階から3階の劇場に上がるエレベーター横には案内用のモニターを設置

 コロナ禍の影響も大きかった。平日の昼間、足しげく鑑賞に訪れていたシニア層の観客が出控えるようになったためだ。「『じゃあ、どうしようか』ということで、やるしかない」と同館マネージャーの 花俟(はなまつ)良王(りょお) さん(47)は言う。

個々の作品・観客に合わせて

 改装の大きな目玉は、新たに導入した、4Kレーザープロジェクターと、独自の音響システム「ブンゲイ・フォニック・サウンド・システム」。デジタル上映を充実させる一方で、35ミリフィルム映写機もしっかり維持し、新旧の名作や話題作を個々の作品のフォーマットに合わせて「最適、最高な状態」で見られる環境を目指した。

 鑑賞システムも大きく刷新した。これまでは、「自由席・入れ替えなし・当日券のみ」だったが、改装後は、1週間前からネット予約が可能な「指定席・入れ替え制・前売り券あり」に。2本立て上映は維持しつつ、それぞれの作品をどの上映回で見るかは観客が選択できるようにした。例えば、朝に1本見て、いったん劇場を離れ、夜に戻ってからもう1本という見方も可能だ。「1本だけ鑑賞」という料金も設定した。

3階エレベーター前。奥のロビーにあったカウンターを移動させ、スペースをゆったり活用することにした
3階エレベーター前。奥のロビーにあったカウンターを移動させ、スペースをゆったり活用することにした

 リニューアル後の2本立て上映の入場料金は、「一般」の場合、以前より250円高い1700円。「そのかわりに設備を素晴らしいものにして、いい体験をしていただく」ことを選んだ。ちなみに2本立て以外の料金はプログラムによって異なる。特別料金での1作品上映もある。

 また、新たなファン獲得のために、地元・豊島区と連携して、6月2日までの毎週日曜日と隔週木曜日にはアニメ・特撮関連作品に絞った上映や催しも実施することに。より入りやすく、使い勝手がよくなるようにロビーも改修。「貸館」にも対応する。劇場部分で上映を行い、ロビーでパーティーを行うといった一体型の利用も可能だという。

改装後の新文芸坐ロビー。4月中旬の内覧会では貸館時のパーティー仕様で披露された
改装後の新文芸坐ロビー。4月中旬の内覧会では貸館時のパーティー仕様で披露された

2本立ての文化を残す

 新文芸坐を運営するのは、パチンコホールを中心に総合エンターテインメント事業を展開する会社・マルハンだ。花俟さんは2000年12月のオープニング時からの新文芸坐スタッフだが、高原さんが同館の担当になったのは昨年6月。映画の見巧者でもあるスタッフが薦める作品を「大きなスクリーンでゆったり見られる」のに、ファン層がなかなか広がっていかない状況を目の当たりにし、「もったいないと思った」という。そして、「まずは一度、この館の中に入っていただき、愛着をもっていただけるようにしたいと考えた」。ロビーの改装や貸館、アニメ・特撮関連の上映・イベントはそのための試みだ。

 さらに以前からの2本立て上映もより充実した形で見られるよう、上映設備や鑑賞システムを刷新。「20年に1度の大リニューアル」を実現させた。「本業はパチンコ店ですので、(社内の)全経営者が新文芸坐に注目していたわけではない。でもプレゼンテーションをして、いろんな側面から何度も伝えました。『(刷新の)必要がある』と」(高原さん)

 花俟さんによれば、2本立てを続けるかどうかという議論もあったという。上映時間の長い作品が増え、続けて2本鑑賞することが難しくなってきた上、2本立てという仕組みを知らない観客が、1本見た後にもう1作品のチケットを買ってしまうということも起きていたためだ。だが、残すことに決めた。「(目当ての作品以外の)『もう1本』が予想外に楽しかったという体験を通して映画を好きになっていくということは依然、ある。そんな2本立ての文化を残していきたいという思いがありました」。新しく構築した鑑賞システムは、その入り口を広げるものでもある。

イベントなどでの活用を想定し、ドラマチックな演出照明も導入した
イベントなどでの活用を想定し、ドラマチックな演出照明も導入した

裾野を広げていかなければ未来はない

 映画の製作、上映のデジタル化が進み、世界的には過去の名作のデジタル復元版製作が進んでいる。今回の「リニューアルオープン記念」として4月23日まで行われた黒澤明監督特集も、「七人の侍」など4Kデジタルリマスター版を集めての上映だった。

高原安未さん(左)、花俟良王さん(右)
高原安未さん(左)、花俟良王さん(右)

 ただし日本の場合、フィルムでなくては見られない旧作が今も圧倒的に多く、35ミリフィルムでの上映設備は、日本の映画文化を継承していくためにも重要だ。花俟さんも「可能な限りやめません」ときっぱり言う。

 こんな体験もあった。デジタルで製作されたアニメ「映画大好きポンポさん」(2021年公開)の35ミリフィルム版が作られ、同館で上映された時のことだ。上映前、花俟さんは詰めかけた若いファンに映画フィルムについて説明。「上映後も質問を受け付けます」と伝えると、ロビーに出てきた観客からたくさんの質問を受けたという。「こんなにみんな興味を持っていてくれる。これは残していかなくてはいけないと改めて思いましたね」

 高原さんも「ただ映画を流すだけじゃなくて、伝えることもすごく大事。体験価値を高めて、劇場で見る素晴らしさ、楽しさを何とか残していきたい。それをお客様に感じていただいて、『やっぱり(ほかで見るのとは)違うな』となったら、自然に来ていただけるようになるのかな、と楽観的に考えています」と話す。「裾野をどんどん広げていかなければ未来はないぞ、という思いでやっていく」という花俟さんは、「今、沈んでいる映画業界のカンフル剤になれば」とも。

 改装後の同館で、1979年に発表された破格の大作を再編集・デジタル修復した「地獄の黙示録 ファイナル・カット」を見た。ベトナム戦争の闇を描いた、巨匠フランシス・フォード・コッポラ監督による 渾身(こんしん) の傑作。冒頭のヘリコプターの音をはじめとする立体的な音響と迫力の映像がもたらすのは圧倒的な「没入感」だ。もちろんそれは作品の力あってのものだが、その魅力をフルに生かす上映環境はやはり重要なのだ。そして、それを受け止める観客の存在も。

  ◆新文芸坐 =2000年12月、文芸坐跡地に立ったマルハン池袋ビルにオープン。巨匠・名匠の特集もあれば、先鋭的な上映企画も。企画に合わせた映画監督や俳優によるトークショーも行っている。5月5~15日の特集は「執念の映画作家 溝口健二の世界」。http://www.shin-bungeiza.com/

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2962003 0 映画 2022/04/29 10:00:00 2022/04/29 10:05:06 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/04/20220427-OYT1I50145-T.jpg?type=thumbnail

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