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佐藤美希さん 28 タレント
幼い頃は体が弱くて入退院を繰り返すような子供でした。3歳の時に始めたクラシックバレエは、母が「何か運動をさせたほうがいい」と考えたのがきっかけでした。進学した宇都宮市立陽南中学校でも1年の途中まで部活に入らずにバレエを続けていました。
2年生の担任だったのが
でも、授業の合間や昼休み、教卓にいる柴内先生のもとへ友達と一緒に行って雑談をすると、とても優しかったですね。恋愛の話などもしました。以前話した、ちょっとした内容も覚えていて、「生徒一人ひとりにちゃんと向き合ってくれているんだな」と、感謝の気持ちが芽生えました。
中学卒業後、いつも遠くから気にかけてくれた
関係が深まったのはむしろ卒業後のほうです。メールで定期的に連絡を取り合うようになりました。
高校は市内の県立高校に入学したのですが、遠い場所だったため同級生がおらず、最初は心細い思いをしました。そんな時、柴内先生から「高校生活はどう?」「どんな1年だった?」など気にかけてくれるメールが来ると、安心した気持ちになりました。看護学校時代に母の勧めで挑戦した「ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを受賞することができた時も、柴内先生にメールで報告すると、喜んでくれました。
今後はお芝居にも挑戦、活躍する姿見せたい
デビューして1年目、上京して寮生活を始めることに気持ちの整理がつかない面もありました。仕事は楽しかったのですが、友人にもなかなか会えず、「栃木に戻りたい」と考えることも多かったです。
そんな時、柴内先生から、「大変だろうけど、いつも応援しているよ」というメッセージがありました。先生は私の出演番組などを見てくれて、「この部分がよかった」など10行以上の感想のメールを送ってきてくれることもありました。
「先生を安心させたい」と、弱音は吐かず、いつも感謝の気持ちを伝えていたのですが、「応援しているよ」というエールは、大きな心の支えになりました。ありきたりな言葉かもしれませんが「私を応援してくれている人がいるんだ」と思えると、重みを感じるし、何度も心に響きます。
今後はお芝居にももっと挑戦し、「この役をやっている時が楽しい」というのを見つけたい。デビュー2年目に携帯電話が故障してアドレスも変わってしまったので、柴内先生と連絡が取れていませんでしたが、先生にも活躍する姿を見てもらい、お会いできた際には、やり取りができなかった分、たくさんお話ししたいですね。(聞き手・岡本裕輔)
佐藤美希 (さとう・みき)栃木県出身。テレビ東京系「FOOT×BRAIN」に出演中のほか、バラエティー番組やグラビアなどで幅広く活躍。2015年にJリーグ女子マネージャーに就任し、18年に名誉マネージャー。JA全農とちぎの「とちぎのおこめ特別広報担当」も務める。長崎・五島列島で撮影した22年カレンダーが発売中。
自分で決めた道なら「きっと大丈夫」
柴内美奈子さん 59 元宇都宮市立陽南中学校教諭
美希ちゃんは、真面目でおとなしい印象でしたが、いつも笑顔で、怒っているところを見たことがありません。友達も多く、話を聞いてあげるなど、周りの面倒をよく見てあげるタイプでした。いま振り返ると、自然と人を引き寄せる、華があったのでしょうね。
芸能界を目指しているとは聞いたことがなかったので、グランプリの受賞を知った時は本当に驚きました。芸能界の仕事は時間も不規則で、体力的にも大変でしょうが、しっかりした彼女が自分で決めた道なら「きっと大丈夫」という思いで応援のメールを送ったのを覚えています。
教え子の活躍はうれしいものですが、特に芸能のお仕事だとそれが見えるので喜びもひとしおです。連絡が取れなくなった後も、一ファンの気持ちで、ブログやツイッターを時折のぞいては様子を見守っていました。また会うことができたら、改めて「応援しているよ」と伝えてあげたいです。