長崎のはずが神戸にボウリング発祥の記念碑、調べてみると…

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 神戸市中央区の東遊園地に「ボウリング発祥の地 1869」と刻まれた記念碑がある。ボールを模した球形(高さ60センチ、幅90センチ)の碑文を見ると、「長崎につぐボウリング伝来の地」と刻まれている。長崎が最初なのに神戸が発祥地? どういうこと? (鈴木彪将あやと

外国人交流の場

東遊園地に設置された「ボウリング発祥の地」の碑(神戸市中央区で)
東遊園地に設置された「ボウリング発祥の地」の碑(神戸市中央区で)

 調べてみると、ボウリングの起源は古い。約7000年前の古代エジプト貴族の墓から石のボールとピンが見つかっている。

 日本ボウリング場協会(東京)に聞くと、ボウリングに関する国内最古の記録は、160年も前の1861年(文久元年)の長崎・出島。次いで66年(慶応2年)の横浜、神戸は3番目の69年(明治2年)という。

 いずれも58年の日米修好通商条約で開港した港町。やはり、外国人が関係しているようだ。

神戸六甲ボウル所有の様々な資料を紹介する大野屋支配人
神戸六甲ボウル所有の様々な資料を紹介する大野屋支配人

 碑の設置に関わった「神戸六甲ボウル」(神戸市灘区)を訪ねると、大野屋豊支配人(46)がその答えを明かしてくれた。

 「日本人が初めてプレーした場所。それが神戸と考えられているんです」

 長崎、横浜のボウリング場は外国人居留地にあり、日本人がゲームをした記録は確認されていない。

 一方、神戸にオープンした施設は、駐在外国人の交流の場として69年に誕生したとされるユニオン・クラブにあった。大正期の英字新聞が発行した冊子にその記録が残っている。

 ユニオン・クラブはその後、「KOBE CLUB」と名前を変え、日本人の出入りもあったとされる。ただ、神戸大空襲などで当時の資料が散逸し、詳細は確認できないという。

 兵庫県ボウリング場協会(当時)が1991年7月、ボウリングの魅力をPRしようと、かつて「KOBE CLUB」があった東遊園地に「発祥の地」の碑を設置した。

 国内でブームが起きたのは1970年代。ピーク時の72年には県内に約140店舗あった。

 阪神間では各駅前にあり、プロボウラーの間では「ボウリング銀座」と呼ばれるほどだったが、現在は22店舗(今年2月時点)まで減少している。

 レジャーの多様化に加え、95年の阪神大震災で打撃を受け、多くは再建できなかったという。

「愛のおかげ」

 ただ、ボウリングの伝統は、県内に根付いている。

 第一線で活躍する県内出身のプロ選手を輩出しており、中谷優子さん(43)もそんな一人だ。

 プロ入りを目指していた高校3年生のときに震災に遭い、神戸市兵庫区の自宅が半壊。練習場所としていた店は営業できなくなり、途方に暮れかけたが、特別にレーンを貸し出してもらい、練習を継続できた。

 同年6月、プロテストに合格した中谷さんは「苦難を乗り越えられたのも、神戸に根付いたボウリング愛のおかげ」と振り返る。

 今年1月には中谷さんが指導し、県ボウリング連盟に所属する中学生ボウラーが全国大会を制しており、大野屋さんは「時代が移ってもボウリングにかける情熱が県民にはあるんです」と語る。

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