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台湾総統選は1月13日、投開票される。与党・民進党の
[Q]歴史は…「対中国」巡り政権交代
総統は台湾の元首にあたる最高指導者で、軍を統率する。任期は4年で2期までと定められている。直接選挙による総統選は今回が8回目で、民主主義が成熟、定着したと評価される。選挙戦では、中国にどう向き合うかが焦点となってきた。台湾現代史が中国とは切り離せないからだ。
中国で共産党との内戦に敗れ、1949年に台湾に逃れた国民党は一党支配体制を敷いた。「台湾民主化の父」と呼ばれる李登輝氏が88年に総統に就き政治改革を進め、96年に初めて総統を選ぶ直接選挙が行われた。自らの代表を選ぶという有権者の意識は強く、これまで7回の総統選の平均投票率は75%を超える。
近年は、中国に批判的な民進党と、融和的な姿勢を示す国民党が、8年ごとに政権交代を繰り返してきた。96年以降、同じ政党が3期連続して与党の座にあったことはない。今回、民進党が勝利すれば、初めて計12年間、政権を握ることになり、台湾海峡を挟み中国が圧力をさらに強める可能性が高い。一党支配を経験した台湾では、一つの政党が権力を握り続けることへの抵抗感が根強く、有権者のバランス感覚がどう働くかが注目される。
2000年の総統選では、「台湾独立」志向の強い民進党の
馬氏は任期中、シンガポールで史上初の中台首脳会談に臨んだ。中国人観光客の受け入れや直行便就航などを進めた。経済的な中国依存が深まり、有権者の懸念を招いた。14年には、中台間の市場開放を目指す「サービス貿易協定」を巡り、対中融和政策に反発する若者が立法院(国会)を占拠した「ひまわり運動」が発生し、16年の総統選で国民党が下野する一因にもなった。
8年ぶりに政権を奪還した民進党の
12年から総統選と同日に行われるようになった立法委員選(国会議員選、定数113)の結果も新政権の行方を占う。総統選で勝利しても、立法院で過半数を得られなければ、重要法案が否決され、内政が停滞しやすいためだ。民進党は前回、前々回とも立法院で過半数を得て、蔡氏は安定した政権運営を行うことができた。今回は、どの政党も過半数を取れない可能性が指摘されている。
[Q]今回の情勢は…野党統一候補 幻に
今回の総統選は、最終盤で民進党の頼清徳氏がリードを保ち、国民党の侯友宜氏が追い上げる展開だ。民衆党の柯文哲氏も巻き返しを図る。有力候補による「三つどもえ」の選挙戦で、最後までもつれる展開が予想されている。13日夜には大勢が判明する見通しだ。当選者は5月20日に就任する。
選挙戦を巡っては、昨年8月下旬に
これに危機感を抱いた侯氏、柯氏の両陣営は前例がない総統候補の一本化を視野に入れた協議を始め、11月15日に合意に達した。世論調査の支持率が高い候補者を統一候補とする方針だったが、結局は隔たりが埋まらず、11月下旬に破局した。郭氏は支持が伸びず、正式な立候補を見送った。
野党協議の決裂後、侯氏は 副総統候補 に親中色が強いテレビ司会者を選んだことなどで、中国との関係を重視する党の基盤を固め、支持率が向上した。その一方で、柯氏は交渉姿勢のブレが失望感を招き、支持する中間層の一部が離れ、影響を引きずっている。
今回も中台関係が焦点の一つとなっている。行政院長(首相)時代、自身を「実務的な台湾独立工作者」と主張した頼氏は、独立色を封印し、中国による統一を認めず、台湾独立にも動かない「現状維持」を掲げた蔡英文総統の路線継承を明言する。「中国の圧力に屈しない」とも繰り返し主張し、対抗姿勢を鮮明に打ち出している。
これに対して侯氏は、「1992年合意」を条件付きで受け入れた。中国との交流を重視し、中国に融和的な政策を掲げる。柯氏も中国との対話と交流を呼びかけ、「台湾は米中対話の懸け橋になるべきだ」と訴えている。
内政の課題が注目されているのも今回の特徴だ。蔡政権下で経済は成長したものの、物価や不動産価格が高騰し、賃金が上がっていないとの不満が若者を中心に高まっている。与党に批判が集まりやすく、野党連携の決裂後も頼氏が他候補を突き放せない要因だ。終盤戦にかけて3候補とも、選挙戦のカギを握る若者を中心とした中間層の票の取り込みに力を入れ、住宅政策やエネルギー政策でも競い合う。
総統選では最終盤で支持率3位の候補者に勝算がないことを見越した支持者が、2位の候補者を当選させようとする投票行動が起きることがある。2004年の総統選では投票日の直前、遊説中に銃撃された陳水扁総統が僅差で勝利した。想定外の事態が選挙戦に影響したケースがあるだけに、最後まで予断を許さない。
[Q]「独立」か「統一」か…世論「現状維持望む」多数
台湾では現在、中国からの独立でもなく、統一でもない「現状維持」を望む声が多数を占める。独立志向を強めて中国の反発を招くことも、統一により民主主義や自由を失うことも望まないためだ。
台湾紙・聯合報が毎年実施している世論調査によると、昨年は「永遠に現状維持」が57%、「現状維持後に独立」が13%、「現状維持後に統一」が8%だった。幅広い意味での現状維持は2010年以来、ほぼ7割を超えている。総統選で台湾独立や中台統一を訴えたとしても支持が広がることは見込めない。
かつて台湾では、戦前から台湾に住む「本省人」と、戦後に国民党とともに中国大陸から逃れた人とその子孫である「外省人」の違いが注目されていた。現在では、そうした視点だけでは選挙を分析できない。民主化の定着に伴い、台湾は中国とは異なるという「台湾人意識」が高まっているためだ。
台湾の政治大学が昨年7月に公表した調査では、自身を「台湾人」とした人は62・8%と最も高く、「台湾人かつ中国人」の30・5%と続いた。「中国人」との回答は2・5%にとどまった。調査開始の1992年は、「台湾人かつ中国人」という回答が46・4%で最も高かった。08年に「台湾人」という回答が上回ってから上昇傾向にある。
こうした意識は政党支持にも影響している。「台湾人」という自己認識の高まりは、台湾の独自性を強調する民進党には有利に働くとみられる。一方で「台湾人かつ中国人」という意識は、中国との関係を重視する国民党の支持者に多い傾向があると指摘される。
[Q]中国 どんな対応…軍事圧力・経済揺さぶり
中国の
初の直接選挙となった1996年の総統選では、台湾周辺海域でのミサイル演習で威嚇したが、意図に反して民主化に尽力した李登輝総統に票が流れたとされる。2000年の総統選でも、投票日の直前に中国首相が、独立志向の候補者当選を容認しない姿勢を強調し、有権者の反発を招いた。
今回も、中国が敵視する民進党へのけん制を強めている。事実上の中台境界となってきた中間線を軍用機が越える行為は常態化させたままだ。ただし、過度の圧力が裏目に出た過去のケースを踏まえ、新たな極端な行動には出ていない。
台湾政策を担う国務院台湾事務弁公室の報道官は昨年末の記者会見で、「台湾独立が意味するのは戦争だ。台湾海峡の緊張を高め、戦争に向かわせている」と強調した。「戦争か平和か」という雰囲気を作り出して有権者に選択を迫ろうとしている。
経済面でも「繁栄か衰退か」を決める選挙だとして小刻みに揺さぶりをかけ、国民党への側面支援を強めている。
昨年末には台湾から輸入する化学製品の一部の関税優遇措置の停止を発表した。1年半ぶりに高級魚ハタの輸入再開も認め、国民党関係者らの「強い願い」があったと説明した。北京の外交筋は「国民党政権が復活すれば、中台間の経済交流が活発になると示唆するメッセージだ」と指摘する。
このほかにも中国は、台湾の里長(町内会長)を中国旅行に招き、住民に直接浸透を図っている。インターネットで偽情報を拡散し、民進党政権への不信感を招く情報戦も展開しているとの指摘がある。
あの手この手で揺さぶりをかけるのは、民進党政権の継続は米台の軍事協力を強め、統一の妨げになると判断しているとみられる。習氏は22年の共産党大会で「最大の誠意と努力で平和的統一の実現を目指すが、武力行使の放棄は約束しない」と述べた。
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台北支局・園田将嗣、中国総局・川瀬大介、瀋陽支局・出水翔太朗、上海支局・田村美穂が担当しました。