「ゆっくり茶番劇」から考える 商標登録って何なの?

「ゆっくり茶番劇」から考える 商標登録って何なの?
「ゆっくり茶番劇」の商標登録問題、ネットを中心に大きな議論となりました。

そもそも「商標」って何?私たちが注意しなきゃいけないこともあるの?

「“ゆっくり茶番劇”も“商標登録”もあまり知りませんでした…」という方にもわかるように、あれこれまとめて解説します。それでは… 

「ゆっくりしていってね!!!」 

(おはよう日本 河野公平 ネットワーク報道部 廣岡千宇 國仲真一郎 今井桃代)

平日の午後3時 「12万人」が集まった

「現状を大変残念に感じて、憂慮しております」
そう語ったのは、動画配信サイトのニコニコ動画を運営する「ドワンゴ」の栗田穣崇専務取締役COO。

5月23日、月曜日の午後3時から開かれた会見はインターネットでも同時中継され、約12万人(ドワンゴまとめ)が発言を見守りました。

「ゆっくり茶番劇」に何があった?

会見のテーマは、ネット上で大きな話題になっている「ゆっくり茶番劇」の商標登録です。
★「ゆっくり茶番劇」とは?★
「東方Project」というゲームのキャラクターから派生した「ゆっくり○○」と呼ばれるキャラクターたちが、特徴的な人工音声で対話形式が中心のテキストを読み上げる「ゆっくり動画」というジャンルの動画のうちのひとつです。
この「ゆっくり動画」のキャラクターやスタイル、これまでゲーム原作者などが示したガイドラインはあったものの、個人で使用する場合は基本的に自由だったため動画投稿サイト上では多くの人が利用しています。

今ではさまざまなジャンルの解説や実況をする動画が上がっていて、ニコニコ動画やYouTubeへの投稿数は「ゆっくり動画」全体で1000万本を超えているとされています。(数値は2020年時点「東方ダンマクカグラ 公式チャンネル」より)

突然の「商標権取得」ツイート

発端は5月15日、YouTubeなどで動画を公開している人物のツイートでした。
この度、当社は「ゆっくり茶番劇」商標権を取得いたしました。今後、当該商標をご利用頂く場合はライセンス契約が必要となる場合が御座います。
ところがこの人物は、ゲームやイラストの原作者とは無関係の第三者でした。

その人が「商標権を取得した」というのです。

さらにこの人物は“使用料として年間10万円を設定した”と発表。

各方面から批判が相次ぎました。
「みんなが作ってきた文化を1人の一般人が独占っておかしくね?」
「動画投稿こいつのせいで出来んくなるかも」
「他人の物で金儲けは流石にドン引き」
記者会見で「ドワンゴ」は「全ての方々が安心して創作活動を楽しめる環境を守っていきたい」と表明。

加えて、会社としての対応策を示しました。
▼「ゆっくり茶番劇」の商標権を取得した人物に権利の放棄を交渉
▼「ゆっくり茶番劇」の商標登録に対する無効審判の請求
▼動画投稿者などが使用料を請求された場合に相談できる窓口の設置
▼独占を防ぐため「ゆっくり」に関係する複数の文字列について商標登録出願

こうした中で商標登録をしたとする人物は。

5月23日付けで商標権を抹消するための申請を行った」とツイッターで公表しました。

ここまでが「ゆっくり茶番劇」問題の一連の流れです。

そもそも「商標登録」って?

「商標」ということばは何となく耳にしたことはあっても、実はよく分かっていないという方も少なくないと思います。

まだ少しなじみがある「著作権」とはどう違うのか、特許庁や文化庁にいちから聞いてみると、こういうことでした。
▼「著作権」は…
 書籍や映像作品などを創作したときに自然に生まれる権利
▼「商標権」は…
 特許庁に登録を申請して認められた時に発生する権利
まだちょっと難しいので、例え話で説明します。
仮に、ある会社が「えぬえいちけい」という商品を売り出してそれがヒット商品になったとします。

これに乗じて別の会社が同じ「えぬえいちけい」という名前で同じような商品を売り出すと、先に売り出していた会社が大きな損害を受けてしまうおそれがあります。

こうしたことを防ぐためにあるのが商標登録の制度だということです。

すでに登録されている商標を他人が無断で使ってしまうと損害賠償を求められたり、場合によっては刑罰が科されたりすることもあります。

意外と多い?「商標登録」されていることばたち

今の話、具体的な商品名を見るとわかりやすくなるかもしれません。

商品の名称には、実は商標登録された商品やサービスの名称「登録商標」と「一般商品名」があります。

身近なものでは、例えば「セロテープ」。
これはニチバン株式会社が商標登録した商品名、つまり「登録商標」で、「一般商品名」は「セロハンテープ」です。

また、「宅急便」はヤマトホールディングス株式会社の「登録商標」で、一般商品名は「宅配便」です。
その他の主な「登録商標」
( )の中は「一般商品名」

マジック(油性マーカー・油性サインペン など)
フリスビー(フライングディスク)
タッパー(食品保存容器)

登録商標が一般名化しているケースも

この「登録商標」、NHKでも日頃から放送や記事の制作の際に注意する点の一つです。

商標が登録された商品やサービスを放送で紹介する際は、特定企業の宣伝につながるおそれがないか、注意しています。

一方、「登録商標」であっても、権利者がほかの企業や個人に使用を許可していたり、辞書に「一般名」として長年にわたって掲載されていたりするなど「一般名」という認識が広まり、放送でも「一般名」として使われているものもあります。

「登録商標」が一般名称化している代表的な例

「いかめし」「ういろう」「キャタピラー」「巨峰」「タルト」「点字ブロック」「プラモデル」など

「もう使えない」は誤解の場合も

では、ネットの書き込みでいつも使っていることばが「商標登録」されてしまったとき、そのことばはもう使えなくなってしまうのでしょうか。
いえいえ、ことさらに心配する必要はありませんよ
商標制度に詳しい弁理士の栗原潔さんの答えは明快でした。

分かりやすい例の一つとして栗原さんがあげてくれたのは、取材班のメンバーもよくお世話になっているこちらの絵文字です。
悲しい気持ちや感動を表現するときに便利で、若い世代に広く親しまれている“ぴえん”。

このことばをめぐり、過去にアパレル会社が商標登録を申請したことがあり、ネット上では「もう“ぴえん”が使えなくなっちゃうの!?」といった悲鳴にも似た声が広がったそうなんです。
栗原潔弁理士
よく勘違いされやすいのですが、商標権というのは、ことばを使用すること自体を独占する権利ではないんです。あくまでも、あることばの商品やサービスの営業標識としての使用を独占できる権利のことを言います。

「ことばを使うこと」は独占されない

ここで栗原さんは例として「チコちゃん」を挙げて説明してくれました。「チコちゃん」ということばも衣服などを指定商品として商標登録されています。
栗原潔弁理士
ふだんの生活を振り返ってみてください。日常会話やネット上の書き込みで「チコちゃん」ということばを使うのにいちいち許可はいりませんよね。それと同じで、商標登録されたことばであっても商業目的ではなく、ただ単にことばとして使うことには問題はありません。
そういうことなんですね。そのうえで栗原さんは。
でも、もし無断でチコちゃんブランドのTシャツを販売しようとした場合には、それは商標権の侵害にあたるおそれが出てきます。

みんなのことばを守るために

商標登録の世界では先に登録したものが優先、いわゆる「先願主義」と言われているそうですが、最近ではこんなケースもありました。
妖怪らしからぬ、愛らしい姿が人気の「アマビエ」。
記憶に新しい北京五輪でも快進撃を見せてくれたカーリング女子の「そだねー」。

世間に広く知れわたっていて、多くの人が当たり前に使っているようなこうしたことばについても商標登録が申請されましたが、非難が集中した結果、申請者が申請を取り下げたり、特許庁が登録を拒絶したりしたということです。

商標登録は、企業などの権利を守るためのものであると同時に、第三者がむやみに登録をしてしまうと影響が広がるケースもあるからです。

弁理士の栗原さんは、特にネットの世界では審査のための十分な情報を得るのが難しい側面もあると指摘します。
栗原潔弁理士
「ゆっくり茶番劇」のようにネットにはネットのコミュニティの中だけで共有されて広がっていることばがあって、特許庁は商標登録を申請されたことばがどこまで広く知られているかを把握することがより困難になっていて、判断も難しくなっています。
こうしたことのために実は特許庁は、商標登録を申請されたものについて、私たちが知っている情報を伝えることができる「情報提供制度」を設けています。

より正確に、早く審査を進めることを目的に20年以上前から運用しているということですが、特許庁の担当者に聞いてみると。
特許庁の担当者
出願された『商標』が広く使われているものなのかなどをネットや文献などもあたって調べていますが、提供された情報も踏まえて審査を行います。ただ、情報提供制度の認知度があまり高くないことが課題です。
今回の「ゆっくり茶番劇」の商標登録をめぐっては、情報の提供はなかったということです。

特許庁の担当者は「もし何らかの情報提供がされていれば、商標登録を認めた判断が変わっていた可能性もある」と話していました。

【特許庁の情報提供制度についてはこちら(NHKサイトを離れます)】
今回の「ゆっくり茶番劇」をめぐる一連の騒動を取材して特に感じることは、ネットの中には、みんなで価値を共有しながら、みんなで一緒に育んでいることばがあるということです。

でもそれがある日、突然に使えなくなってしまったり、ちょっとした誤解からよけいな心配が広がったりすることが少しでも減っていくように、私たちも必要な情報を取材して、しっかりと伝えていきたいと思います。