学校に行けなかった私から、不登校に苦しむ君へ

学校に行けなかった私から、不登校に苦しむ君へ
幼い頃から、人が多い場所が苦手だった。勉強は好きなのに、学校に行こうとすると体が動かない。悔しい、自分は普通じゃない、ダメな人間だ。それが不登校の9年間に、僕が考えてきたことだ。

でも、この経験で誰かを勇気づけることができるなら……。この夏、僕はある挑戦をしようと決めた。

不登校生しか参加できない動画選手権って何?

埼玉県内の通信制の高校に通う樹(いつき・仮名)さん、17歳。

ことし6月、学校で「不登校生動画選手権」という大会が開かれると知った。
テーマは「学校へ行きたくない私から学校に行きたくない君へ」。

不登校に関する新聞を発行しているNPO法人が、動画配信アプリの運営会社の協力を得て初めて企画したという。
動画は1分以内で、参加できるのは不登校の経験がある20歳未満の人だけ。

大会の説明文には「不登校経験が誰かの勇気になる」と書かれていて、趣味で動画作りを始めたばかりの樹さんは参加を決めた。

「ああいう輪には一生入れないのかな…」不登校の9年間

年が近い3人きょうだいの真ん中に生まれた樹さん。幼い頃から極度の人見知りで、人が多い場所が苦手だった。
小学生になったころ、学校で先生からクラスメートが怒られているところに遭遇した。

自分が怒られているわけじゃないのにすごく怖くて、気づいたら学校に行けなくなっていた。小学校と中学校の9年間、不登校となった。
勉強が好きだったから、学校には行きたかった。けれども、学校では話ができなくなってしまう。

きょうだいとは仲が良かったから一緒に登校をしたくて、前日に母親に登校することを学校に伝えてもらい準備もして、翌朝、玄関まで向かった。

けれど、そこから体が動かなかった。
樹さん
「理由も分からず、なんで行けないのかな、自分ってダメなやつなのかなとすごく思ってました。自分のできなさが悔しかった。自分だけ、おかしいのかなという孤独もありました。図書館とかに行く途中で、普通に学校に行ってる子たちが歩いているのを見た時に、『ああいう輪には一生入れないのかな』とか思ってましたね」

不登校中に感じた「なぁぜなぁぜ?」を作品に

今回の動画制作で、当時の自分と同じ気持ちでいる人のために、メッセージを送ろうと決めた樹さん。

自分の体験を流行りのリズムに乗せて表現することにした。
「たまに学校に行ったとき『え、なんで今日あいついるの』ってこそこそ話しているの、なぁぜなぁぜ?」

「めちゃめちゃ頑張って学校の門まで行ったのに、毎回先生『頑張って教室行こう』って言ってくるの、なぁぜなぁぜ?」
不登校だった当時、周囲からの何気ないことばに傷つくことも多かった。だから、疑問を持って良いし、落ち込まなくて良いと伝えたかった。
樹さん
「当時『なんでだろう』って思ってたことがいっぱいあったんですけど、言われてもしょうがないのかなとか、自分が変なのかなと思っていたんです。でも、そんなことないし、そう思ってる人がほかにもいると伝われば、ちょっとは気が楽になれるかなと思って撮りました」

ずっと怖くて聞けなかったこと

今では自分にあう通信制の高校を見つけ、趣味を通して友達もできた。学校に持っていく弁当は自分で手作りしている。
不登校の間に料理をしてみたら、家族が喜んでくれたのが嬉しくて料理が好きになった。不登校の間にできた得意なことの1つだ。
その樹さんが、ずっと気になっていたことがある。支え続けてくれた母親は、本当は不登校の自分のことをどう思っていたのか。怖くて今まで聞けなかった。
樹さん
「自分は不登校であることはよくないと思っていたし、親もきっとよくない風に考えているんだろうなと。やっぱり親の存在って大きいので、親に否定されたり、家族に否定されたりするのが一番怖いので聞けなかったです」
けれど、今回の動画制作を機に初めて問いかけてみようか……。その答えを作品にしてみたら、不登校に苦しむ親子に何かが届くのではないか。

樹さんは悩んだあげく、母親へのインタビューに挑戦しようと決めた。

初めて聞いた母の思い 返ってきた答えは

夏休みに入っていたこの日。

リビングにいる母親にスマートフォンのカメラを向けた樹さん。緊張しながら問いかけた。
樹:ねえ、ママ。

母:はい。

樹:俺が不登校になって最初に不安だったのって何?

母:えーー。学校のお友達とかと一緒に勉強とかする、集団で学べることが学べなくなっちゃうことが不安だった。

樹:へえ。

母:もっと悩んだのが、学校に行かせようと、無理して背中を押す方がよかったのか。学校に付き添ってあげれば、ちょっとでも足が向くのかなとか、何か変わるかなとか。でも背中を押して手を引っ張りすぎると、もっと「行きたくない」が強くなっちゃうのかなという不安と葛藤はすごくあった。
初めて聞いた母親の思い。樹さんは、さらに尋ねた。
樹:ねえ、不登校だったこと、今はどう思ってる?

母:いや、どうも思ってない。だって学校行こうが行かなかろうが、人は変わんないから。いろいろ考えて悩んだけど、結果的に不登校だからこそ一緒に考えられることがいっぱいあったし、何よりも小学校からずっとそばにいたじゃん。ここにいるだけでも幸せだし、一緒にいられるだけでも。そう思って育ててた。
いつもと変わらぬ様子であっけらかんと答えてくれた母親。

樹さんは、自分の不登校に対する気持ちが、吹っ切れた様に感じたという。
樹さん
「普段、本心をちゃんと聞くことがなかったので、母の本心を聞けたのがよかった。悩みながらも受け止めてくれていたので、子どもとしては一番嬉しいです。不登校だったことをマイナスに思ってる部分もあったんですけど、今回のこれでこれから先、マイナスに考えることがなくなるかなと思います」

352本の動画に込められた思い

今月18日、「不登校生動画選手権」の授賞式が行われた。

全国から集まった作品は352本に上り、合計1000万回以上再生され、多くの反響が寄せられた。
小中学生6人が制作した作品は、学校に行けなかったもののフリースクールという居場所を見つけた経験を表現。最優秀賞に選ばれた。
「私はだんだんと笑顔を作れなくなっていった、限界だった」

「あのとき勇気を出して学校に行かないと選んだこと、そして学校以外の居場所を選んだことは正解だと思っている」
樹さんの母親へのインタビュー作品は、不登校の子どもの親でつくる団体から表彰された。
不登校の子どもの親でつくる団体代表
「樹さんの動画に出てくるママさんと同じ思いを抱えていた経験があります。動画には樹さんの思いだけでなく、私たちの気持ちも明確に表現されていました。動画を作ってくれて、ありがとう」
会場では受賞作品が上映され、受賞者が制作の苦労や喜びを壇上で堂々と話していた。

そのたびに拍手が響き、保護者の中には涙を流す人の姿もあった。
樹さん
「自分が経験してきたことや、思っていることを伝えることが怖かったんですけど、やっぱり伝えていくほうがいいんだろうなと、今回、動画選手権を通してすごく思いました。不登校だと人に評価されることも全然ないので、誰かに評価されたり、見てもらえたりするのが、こんなにうれしいんだなとわかりました。動画を見て連絡をくれた人もいて、反響というか、自分が作った動画が誰かに届いたのが本当にうれしかったです」
この夏の経験は、かけがえのないものになったという樹さん。

今なら胸を張って言える気がする。

つらくて押しつぶされそうだった当時の自分に、「大丈夫。自分を信じて。笑顔でいられる選択をすれば、未来は開けるよ」と。
報道局社会部記者
勝又千重子
平成22年入局
山口局、仙台局を経て現所属。子どもや教育に関する取材を幅広く行っています
おはよう日本ディレクター
東勇哉
平成28年入局
仙台局、政経・国際番組部を経て現所属。中学生のとき、人間関係のトラブルで学校に行きたくなくなった時期がある