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 前回の連載で、執筆者と読者の知識の差を埋め、分かりやすい文章を作るためには、具体的なイメージにつなげられるような素材集めが大切だと記した。しかし、最先端の技術や全く新しい現象、抽象的な事象を言葉でかみ砕いて表現するのは、とても難しい。

 以前の連載で、文章を書くうえで大切な項目として「書くべき素材」と「書き手の理解」と記した。とはいえ、先端技術などであれば、その研究を推進している第一人者でなければ、厳密な意味での理解が困難な題材も多いだろう。こうした場合には、まずは書き手が「ふに落ちた」と感じられるような表現に落とし込む作業が重要になってくる。

 ここでは、最先端技術で難解と思われている量子コンピューターを取り上げた文章を作成する際の素材集めを考えてみる。量子コンピューターを説明する素材として、まずは以下のような項目が集められそうだ。

  • 量子コンピューターは、「重ね合わせ」や「もつれ」といった現象を利用して並列計算を行うもの(大きな説明)
  • 「重ね合わせ」や「もつれ」は量子力学の現象(個別用語の説明)
  • 従来のコンピューターの1ビットは「0」か「1」のいずれかだが、量子コンピューターにおける1量子ビットは「0」と「1」の両方になり得る。量子力学において複数の状態を持つ重ね合わせの性質に基づく(用語のさらに細かい説明)
  • 量子のもつれとは、複数の量子ビットが互いに相関を持った状態(用語のさらに細かい説明)

 上の例は、量子コンピューターの説明で多用されている素材だ。この分野の専門家であれば、量子もつれや量子重ね合わせといった言葉の説明も不要だろう。

 だが、量子コンピューターの説明として、ここに挙げた情報だけで理解できる人は、本当にどれほど存在するだろうか。少なくとも門外漢の私には難解だ。量子コンピューターとの関わりが少なければ、この項目だけではどんな技術か理解が難しいと感じる人は多いだろう。

 大抵の人は、読んでいる情報が分かりにくいと感じると、そこで読むのをやめるか読み飛ばす。その段階で、読者にとってその情報は、ただの“ゴミ”になってしまうのだ。

 少なくとも、書き手自身が十分に理解するのは難しいと感じるのであれば、自身が納得できるレベルまでかみ砕く方がよい。これも素材集めの1つと捉えるのだ。では、どのようにして情報をかみ砕いていけばよいのだろうか。