今回は前回の3つの観点、すなわちソリューションプロバイダ側、顧客側、さらに両者をつなぐ“橋”としての観点に基づき、提案書に盛り込むべき項目について解説する。各項目の必要性や意味を理解しなければ、顧客との「理解の共有化」が進まないからだ。

 提案書の構成は、一般に背景や目的に始まりスケジュール、コストの見積もりなどとなる(図1)。このような構成になるのは、次の3つに関する考えを盛り込む必要があるからだ(図2)。すなわち、(1)顧客の現状や問題意識を理解していることを示す、(2)プロフェッショナルとして顧客の取り組むべき課題を提示する、(3)どのように解決していくべきかという実現の手段を示す、である。

図1●提案書で必要な主な項目
図1●提案書で必要な主な項目

図2●提案書に何を書くべきか
図2●提案書に何を書くべきか

顧客に対する理解が必要に

 前回指摘したように、提案書は顧客との言葉や立場の壁を越え互いの理解を深めるための重要なコミュニケーションツールである。言葉や立場の壁を越えるには、顧客の立場や目線で物事を考える必要がある。異質のもの、分かってくれそうもないものには、人は自然と壁を作ってしまう。心を開き、提案内容を聞いてもいいかなと思ってもらうために、まずは顧客を分かっている、理解しているという姿勢を提案書の中で示す必要がある。つまり、提案者として間違った理解や外れた認識に基づく提案ではなく、顧客の現状や問題意識、今後の課題を正確に理解しており、その理解に基づき、今回の提案書は作成されていることを明確に宣言するのである。さらに、こうすることは、顧客と提案者の間で問題に対する「理解の共有化」というプロセスにも導いてくれる。

 提案書の構成の中で「提案の背景」が初めにあるのは、この理解の表明を行うためである。そのため、「提案の背景」とだけ書くのではなく、「御社の現状に対する理解」などという直接的な表現を使うこともある。このときは、顧客と会話を交わす中で出てきた言葉や考え方を、ただ聞いただけで済ませるのでなく、提案書の中にうまく盛り込むことが重要である。単純に顧客の言葉を振り返ったものでもよいが、できることなら、顧客の問題意識に根ざす発言や発言から類推できる潜在的な課題など、やや突っ込んだ内容に触れることができればさらによいものとなる。

顧客が取り組むべき課題を提示する

 次にプロフェッショナルとして、提案しているプロジェクト終了後、顧客がどのように変わっているかを明示する。どうすれば顧客が良くなるのか、どうすれば顧客自身が望む姿になれるのかを顧客の現状を踏まえて提示するのである。ときには提案は顧客が望んでいる通りにならないこともある。顧客が誤った認識で新たな取り組みを始めようとしていることもあるし、たとえ正しいことだとしても、望んでいる姿が現状からは飛躍しすぎていることもある。そこで、提案者はプロフェッショナルとしての考えを提示するのである。このことは前回指摘した提案者の貢献を示すことの1つとつながっている。

 例えば、いくら顧客が最先端のIT化を望んでいても、中長期的に可能かもしれないが、現時点では難しい場合も出てくる。そうした状況では、顧客の社内事情も考慮しながら、現状と最終的な姿の中間点を最初の落としどころと考えるべきだろう。社内事情が他システムの稼働が前提であるなどのテクニカルな問題に起因するときは、中間的な姿を提示しても比較的理解してもらいやすい。しかし取引の仕組みの改訂や風土の改革も進める場合は、中間的な提案は負荷が余計にかかるため、受け入れてもらうのが難しいかもしれない。そうした場合でも、はっきりと着地点の姿をイメージさせておけば、理解してもらえるだろう。提案書の構成の中では、「提案の目的」「範囲」「全体像」として記述する部分である。目的や範囲について記述が抽象的なもの、曖昧なものとなっている提案書もあるが、提案の中で最も重要な部分であるからしっかりと考え、提案書に盛り込む必要がある。

 できないことをできると請け負ってしまい、結果的に失敗すれば、プロフェッショナルとしての信用を失う。提案者の意思表明、顧客の最終的な姿の提示は、提案の中でもっとも難しく重要な項目である。提案者は、仕事が獲得できないリスクを伴うが、自分が信じる顧客のあるべき姿を顧客に提案すべきである。もちろん、このためには初めに述べたような顧客の理解表明が重要である。理解の共有化というプロセスによって信頼関係ができていなければ、顧客の望むものと異なる提案は「分かっていない」の一言で片付けられてしまうからだ。

課題解決の実現に向けた具体的な姿を示す

 盛り込むべき必要がある考えの最後が、「どのように実現するか」である。既に顧客の理解表明の中で現状を、顧客の取り組むべき課題の中では最終的な姿について、顧客と提案者との間で共通の認識合わせができている。そして残りは、いかにして、その2地点を結び付けて顧客を最終目的地へ連れて行くかである。必要な作業ステップや期限、体制などを明確にすることで実現できることを分かってもらうのである。提案書としては、「重点検討課題」もしくは「改革の方向性」として実現に対する納得感を高めるような記述を行い、さらに「実現のステップ」「スケジュール」「体制」として実現への作業項目を示す。

 ここでは提案者の存在が、実現の可能性を高めていることを納得してもらうことが必要だ。例えば、顧客が重視している問題点のいくつかを取り上げ、どのような手段で解決へ導こうとしているのか、どのような解決策があるのかを提示する。顧客に「なるほど、そういうことか。それなら検討してみたい」と思わせることが重要だ。「それは違うな」と顧客が感じる場合もあるが、極端にずれていなければ、当たらずといえども遠からずで十分である。逆に「違うな」と思ってもらえるのであれば、そのアイデアは検討項目から外し、他のことを検討すればよい。後々の時間短縮にもなる。むしろ顧客としては、こんな短い時間で少ない情報でアイデアを出してくれるということは、時間をかけて議論を深めれば、もっと別のアイデアも出てくるかもしれないと好印象になる場合が多い。このような状態になっていれば、顧客は一緒に考えるモードに入っている。あとは実際のスケジュールや体制をじっくりと話せばよい。

 実現の手段を盛り込むべき事項の最後と前記したが、1つ忘れているものがあることにお気付きだろう。それは、コスト見積もりについてである。提案書の中で必要不可欠なものであるが、実は取り扱いが難しい。この項目以外は、お互いの理解を深め一体感が醸成できるように記述できるし、そうすべきである。しかしコスト見積もりについては、お互いの立場を離れて考えることはできない。そこでコスト見積もりは、提案書の中ではなく、別冊として扱うことも有効な手段である。提案書で金額が記述されていると提案内容の理解、さらにその共有を忘れ、提案額の高い低いが関心の的になってしまう。これでは、本来的なコミュニケーションツールとしての役割すら果たせなくなるからである。

顧客のレベルを意識して内容をやや変える

 提案書の完成度を高めるため、“味付け”となるノウハウを指摘しておこう。それは、社長や管理者、担当者向けなど相手のレベルに応じて盛り込むべき内容を変えることである(図3)。社長向けであれば、投資判断、経営戦略との整合性、それに基づく提案内容の必要性、さらには外部環境や競合状況などの指摘や背景も必要となろう。管理者向けであれば、効果とコストが重点ポイントである。定量面での効果を示すことができればベストだが、提案段階で明確化するのは多くの場合難しい。このため定性的に管理者の悩みの本質を突くことが重要だ。提案書で記述するときは、目的や重点検討課題の部分が多めになる。担当者向けは、実務への影響、業務がどのように変わるのか、さらには今後どのような作業が発生するのかを分かりやすく説明する必要がある。

図3●誰が提案書を見るのか
図3●誰が提案書を見るのか

 図4に提案書に書くべき内容をまとめたが、1つだけ追加したい。提案書を出すときに、既に何度も顧客と話してきた内容を改めて書くべきか否かで、疑問を持つ方が多いようだが、この答えはイエスである。提案書は、プレゼンテーションの場だけで終わるものではない。顧客の社内で一人歩きしても大丈夫なようにしておくことは非常に重要である。当たり前と思うようなことでも、社内の立場が異なる人が読むと当然でなくなることがある。誤解される前に、提案書は1冊の中で完結させておくべきものである。

図4●提案書に書くべき内容
図4●提案書に書くべき内容

神野 憲昭
ITCネットワーク
戦略や組織、業務プロセス、IT戦略など各種の企業改革を推進する経営コンサルタントを経て、現在は携帯電話販売企業の経営企画にて事業計画の立案などに従事。